教えるの下手すぎる
数十分後。
「ストップ! 興人ストップ! 剣を振り回さないで!」
千花はグラウンドを走り回る。
というより興人の魔法から逃げ回っている。
「やっぱりそうなると思いましたよ」
「まだまだ行けるだろ田上。今度はもう少し振り回してみるか」
「止まれって言ってるんだけど!?」
グラウンドはいつもの穏やかさは一切なく、辺り一面真っ赤な炎で覆われている。
それは紛れもなく興人が振り回す大剣から放出されているものだ。
「お願いだから1回この火を消して興人!」
「もう少し火を足した方が酸素が少なくていい運動になるか」
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
何故こんなことになったのか。
グラウンドに着いて初めに興人から武器を見せてもらった時には千花のテンションは上がっていた。
シモンのように魔力が高い人間は武器を使わなくても高難易度の魔法を使用できるが、初心者は魔力を増幅させる剣や斧を使って戦うことが多いらしい。
それを見せてもらった千花は実際にどのように魔法を使うのか見せてほしいと頼んだ。
そこから先は炎に巻き込まれないように酸欠になりながら走るしかなかったという結果だ。
そして現在、様子を見に来た邦彦が水を持ってきて炎を纏っている興人の大剣にかけたため、グラウンドは沈静化した。
「先生? 何をするんです?」
「あなたが訓練に熱心なのは感心しますが、田上さんが死にそうなので手加減してほしいという意味です」
邦彦の視線の先には炎で酸素が減ったことと延々と走り続けていた疲労から息切れを起こしている千花の姿があった。
とにかく話をしようと千花は平衡感覚を掴めないまま興人に近づく。
「興人……私、やめてって言ったんだけど」
若干怒りを顕にしながら千花が問い詰める。
そんな彼女を見て興人は首を傾げる。
「こうやって日々自分を追い込みながら訓練すると早く鍛えられるぞ」
「追い込みと! 殺しかけるは! 全く違うから!」
千花がどれだけ叫んでも興人にはあまり理解できていない。
邦彦がやれやれと言ったように間に入る。
「やはり日向君には教えるのは早いようです。僕が説明するので自分の任務に戻ってください」
「はあ。わかりました」
興人は大剣を鞘に納めるとそのままグラウンドを出ていった。
千花の息切れはまだ戻っていない。
「さて、とりあえず水分を摂ってください。炎の中にいて体内水分量も減少しているでしょう」
「なんかもう、この世の地獄を見たようでした」
邦彦から水筒を受け取り、千花は一気に全て飲み干す。
もう少し邦彦の対応が遅れていたら本当に火だるまになっていたかもしれない。
「興人は何がしたかったんですか」
落ち着いた千花は改めて地獄の特訓を思い出し、邦彦に聞いてみる。
「あまり責めないでください。彼なりにあなたの手伝いをしようとしたんですよ」
「それはわかってます」
「ただ彼はその、人より疲れを感じない体質というか、肉体を追い込んで極限まで追い詰めて強くなったタイプの人間でして。もちろん機関の人間としてはとても優秀なんですが、考えるより先に体が動く性格でして」
「脳筋ってことですか」
「簡単に言えばそうですね」
確かにあの体格から考えれば普段から鍛えていることは容易に想像できた。
それ以上とは思えなかったが。
「彼も、思いやりがあるので役に立ちたいと思ってくれる分には構わないのですが、如何せんそのやり方が一般人には苦しいようで、中々任せられないんです」
「シモンさんがどれだけ教え上手かよくわかりました」
あれが本講師だったら千花の命はもうなかった。
千花は遠い目をしながら1人納得する。
そんな中、邦彦は話を変える。
「それよりどうしましょう。明日もまた1つ依頼をこなしたいと思うのですが、今日の状態だともう訓練はできませんね」
「じゃあ武器とか防具について教えてもらいたいです。興人は剣を持ってたけど、あれって自分で買えるんですか」
千花の質問に邦彦は何かを考えるように顎に手を当てて視線を上げる。
それも束の間、1つ頷いて千花に向いた。
「では少しギルド内を回りましょうか」
千花が息を整えたところを見計らい、2人はいつも人が賑わう場所へ向かった。
今まではカウンターしか見ていなかったが、少し視線を横にずらすと冒険の格好をした人が何十人といる。
「少し周りを見てみましょうか。気になることがあったら言ってください」
邦彦に先導されて千花はゆっくりとギルド内を周っていく。
皆酒を飲んだり食事をしたり、仲間と談笑したりして楽しそうだ。
「皆さんお知り合いなんですか」
「基本的に同じテーブルに座っている人はパーティーを組んでいることが多いですね。顔見知りももちろんいますが」
皆仲が良さそうだ。
話していることもどこの猛獣を倒しただの、いい武器が売っている店だのと様々だ。
「わっ、大きな剣。さっきの興人のやつより大きそう」
千花の目に入ったのは、大の男に寄りかかっている大剣だった。
座って話している男と同じくらい丈がある剣だが、先程見た大剣よりも、長さも幅も大きい気がする。
「その人の体格に合わせて打ち直してくれるんですよ。せっかくですから話を聞きましょうか」
「え?」
千花の返答を待たずに邦彦はその長い足で一気に男達の元へ歩いていく。
千花も慌てて追いかけるが、着いた時には既に邦彦が話しかけていた。
「お久しぶりです皆さん。お時間よろしいですか」
邦彦と千花の存在に気づいた男達は一斉に視線をこちらに向けた。
千花の目には、攻撃型だと思われる筋骨隆々の男が3人と、綺麗なブロンドを腰まで垂れ流している細身の女が1人映った。
「クニヒコじゃねえか。そこの娘はどうした」
男は邦彦の存在に気づくと気さくに声を出した。
視線を向けられた千花は緊張で体を強張らせる。
千花に助け船を出すように邦彦は声を出す。
「僕の友人の娘さんです。小さな村から出たばかりでギルドのことも魔法のこともほとんど知らないので参考までに案内をと」
「そりゃ勉強熱心だな。名前は?」
男から名前を聞かれた千花はほとんど反射的に口を開く。
「ち、千花です」
「チカか。俺はクラウス。疾風の狼のリーダーだ。こっちは仲間のブルート、カール、それとビアンカだ」
(疾風?)
(パーティーの名前です)
千花の疑問の目に邦彦は小さく答える。
横文字の名前が羅列して頭が大分混乱してくる。
「で? 何が聞きたいんだ。何でも答えてやるぞ」
クラウスが手招きするので千花と邦彦は席に着く。
とは言え、どこまで踏み込んで話していいのかわからないので千花は話し出すのを躊躇う。
そこで再び邦彦が間に入った。
「そうですね。具体的には皆さんの使用している武器や、依頼履歴などを聞きましょうか」
「そういうことならお安い御用だ」
そう言ってクラウスは席を立った。