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光の巫女  作者: 雪桃
第2章 リースへ
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頑張って働きました

 洞窟を出て数分が経った頃、遠くの方から軽快な足音が1つ近づいてきた。

 邦彦が救助に来たのかと千花が振り返ると、そこには赤黒い髪と目を持つ青年が見えた。


「興人!」

「田上、とシモンさん。無事で良かった」


 偶然ここに来たのかと千花が口を開く前に興人がシモンの近くまで寄り、ローブの中から荷物を取り出した。

 そこには止血用の包帯や千花にはわからない液体薬が揃えてあった。


「オキト、お前いたのか」

「先生に連絡をもらったので来ました」


 興人は説明しながらシモンの血が流れている腕を手当てする。


「クニヒコは?」

「万が一2人に何かあった時に機関に状況説明ができるようギルドで待機してます。俺は近くにいたので」

「そりゃ手間をかけたな」


 この2人の会話から見て、興人もまた彼と随分前から知り合いだったのだろう。

 応急処置の様子を見ながら千花は1人黙って待つ。


「それよりどうしてここまで時間がかかったんですか。シモンさんなら魔物の1体や2体簡単に倒せるでしょう」


 痛いところを突かれたとでも言うように千花はうっと言葉を詰まらせる。

 間接的とは言えシモンを負傷させたのは千花だ。

 どう説明しようか迷っている千花を横目で見ながらシモンは口を開く。


「崖から落ちた時に油断して足を挫いた。それだけだ」


 シモンが自分を庇ってくれていることがわかった千花は無意識に肩の力を抜いた。

 一方で興人は驚いたとでも言うように目を見開いてシモンを見下ろす。


「足?」

「ああ。魔法で連絡が取れなかったからここまで歩いてきたが、流石にこれは無理をしすぎたな」


 シモンは説明しながら足首を見せる。

 まだ骨が折れていないだけ運がいいが、症状が悪化していることに変わりはない。


「それでここまで歩いてきたんですか」

「仕方ねえだろ。救助を待つより早いと思ったんだよ」


 ぶっきらぼうにシモンが言う。

 皮膚の色が変わるほど重症だと言うのに耐えられたことにも驚きだが、千花は大人しく救助を待った方が良かったのではと心の中で考えた。

 それは興人も同じだったようで、眉根を寄せながらシモンに近づいた。


「とにかくこれ以上足を動かしては治りが遅くなります。俺が抱えるので大人しくしていてください」


 シモンが平気だと反論する前に興人は動いた。

 ほとんど同じ体格であるシモンの膝裏と背中に手を差し入れ、物語のお姫様のように抱き上げる。


「おい待て。なんだこの格好は」

「大丈夫です。絶対落としませんから」

「そういうことじゃねえ。普通に肩を貸せ。それかせめて背負え」

「田上、歩いてついてきてくれ」

「あ、う、うん」


 色々な意味で固まっている千花に指示をすると興人はシモンを抱っこしたまま元来た道を引き返す。

 千花も戸惑いながら同じ速度でついていく。


「おいオキト。話を聞け。1回下ろせ。オキト!」


 シモンは必死になって呼び止めるが、彼の声は興人には届かなかった。

 その後、王都は人目があるため千花が上手く言いくるめを行い、シモンを下ろしてもらうことに成功した。

 肩を借りながら歩くシモンの顔は酷かった。


「死ぬまで誰にも話すなよ」

「シモンさん、顔が……」


 興人がギルドまでの道のりを考え、人の少ない通りを歩いている間にシモンは死にそうな顔で千花に忠告する。


「絶対だからな」

「わかってます。私もそこまで失礼じゃないので」


 興人は親切心なのか天然なのかシモンが今にも恥と怒りが混じった複雑な感情を爆発させようとしていたことにも気づかないまま下ろすことも渋っていた。


(ていうかほぼ同じ体格の年上を軽々と抱っこできるなんて)


 体格差があるとは言え、洞窟から抜ける時に肩を貸しただけで千花は何度か倒れそうになった。

 そう考えるとやはり鍛え方が違うのだろう。


(私もシモンさんを抱えられるくらい鍛えようかな)

「チカ、何か不吉なこと考えてないか」


 嫌な予感がしたシモンは顔を引き攣らせながら千花を見下ろす。


「いいえ、ただ強くなろうと」

「……そうか」


 千花に何を言っても無駄だとシモンは諦めたように1つ呟いた。

 ギルドに戻ると、カウンターにはいつも通りアイリーンと邦彦が待っていた。


「田上さん、シモンさん、ご無事でしたか」


 邦彦が安堵を顔に浮かべながら帰ってきた2人を迎え入れた。

 興人から離れたシモンは椅子に腰かけ、ようやく気が抜いたとでも言うように大きな溜息を吐いた。


「シモン君、足見せて。ああ、これは。悪化してるけど骨にまで影響は出ていないわね」


 後遺症などの心配はしなくていいだろうとアイリーンは言う。

 無理をさせすぎたと考えていた千花は一安心した。

 そんなに彼女に邦彦が近づいてきた。


「安城先生」

「田上さん、すみませんでした」


 千花が「ただいま」と言おうとした瞬間に邦彦は頭を下げて謝罪した。


「え、ちょ、頭を上げてください。謝られることは何もされてませんよ」

「いいえ。あの場所は猛獣も魔物も通る道なのに、安全性を怠っていました。シモンさんがいたから良かったものの、手遅れになればあなたも無事では済まなかった。本当に申し訳ありません」


 千花はどう言葉をかけようか迷った。

 猛獣に襲われたのも崖が崩れたのも偶然だと考えていた千花にとって邦彦の注意力が足りないと責めることはできない。

 だがそれだけでは邦彦は頭を上げてくれないだろう。


「いい勉強になりました」


 色々考えた末、千花が発した言葉に邦彦は意味がわからないと言うように眉根を寄せた。


「ずっと座学だったから、実践で学べて良かったです。魔物の倒し方とか、一見安全な場所でも注意が必要とか。冒険するうえで身を守る方法とか。たくさん学べましたよ。魔石っていうのも初めて知りましたし」


 これは千花の本音でもある。

 怖いことも多くあったが、それ以上に魔法と共に生きること、命を守って戦うことを、身を持って経験できた。

 魔物と戦ったことは無謀だったと千花も考えているが。


「そりゃ命の危険を感じたことはありますが、元々危険があると思いながらここに来てます。だから安城先生が気にすることはありません。謝罪されるくらいなら、もっと危険に対する防御を教えてもらいたいです」


 千花の言葉に邦彦は小さく目を見開いた後、何かを諦めたように息を吐いた。


「あなたは随分気が強いというか」

「図太くなければ異世界に来てません」


 それもそうですね、と邦彦は目を閉じながら苦笑を浮かべ、千花に向き合った。


「ところで田上さん。依頼がまだでしたね」

「依頼?」


 邦彦の言葉を反芻してから千花は気づいた。

 そもそも今日ここに来た目的は薬草を集めてギルドに提出することだった。

 崖から落ちた時にカゴも落としてしまったので一からやり直さなければならない。


「またあの薬草畑に行きますか」

「いいえ。カゴなら僕が回収しました。あなたが自力で採取したところは見ましたので、提出すれば依頼達成です」


 説明しながら邦彦は千花が落ちる前に畑で採取した薬草をカゴと一緒に手渡した。

 そこには千花が真剣に選んだ15本の薬草が揃えてあった。


「どうぞ」


 邦彦に促され、千花はアイリーンの前までやってくる。

 そうしてカゴを前に出した。


「アイリーンさん、依頼内容の薬草を採ってきました」


 千花が手渡してきたカゴを受け取り、中身を確認した後、アイリーンはその可愛らしい顔に似合った満面の笑みを返した。


「依頼通り完璧ね。じゃあ報酬をあげないと」

「報酬?」


 千花が聞き慣れない言葉に首を傾げると、すぐ隣にいたシモンが口を挟んでくる。


「給料のことだよ。それを職にして食ってる奴もいる。これだけ簡単だと小遣い程度にしかならないが」


 シモンが説明している間にもアイリーンががま口のような小さな袋を持ってきた。

 受け取ってみると硬貨が詰まったような音が聞こえてくる。

 持ってみると少し重量があった。


「10ペインね」

「ペイン?」

「この国のお金の単位です」


 千花が袋の中身を数枚取ってみる。

 それは外国の銅貨や銀貨に似たお金だった。

 数えてみると銅貨の方が多い。


「初歩的ではありますがもちろん報酬はもらえます。それくらいであれば食事分は自分で買えますよ」


 注意深く硬貨を見ている千花に邦彦は説明する。

 千花は硬貨の用途について色々考えた後、袋ごとシモンに向けて渡した。


「あ?」

「今日助けてくれたお礼です。どうぞ」


 シモンは開いた口が塞がらなかった。

 シモンだけでなくアイリーンと邦彦も千花の行動に目を丸くする。


「チカちゃん、どうしたの。それはあなたのお金よ」

「わかってます。でもシモンさんがいなかったら依頼達成なんてできなかったし、足の治療費の足しにでもしてもらえれば……いたっ」


 千花が報酬を渡してきた理由を知ったシモンは手刀で彼女の額を叩いた。

 その目は完全に呆れたとでも言うようなものだった。


「お前は馬鹿なのか。お人好しも限度があんだろ」

「なっ。だってこれ以外のお礼も思いつかないし」

「いらねえってずっと言ってんだろうが。お前は授業の度に教師に礼を渡してんのか。それと同じことだ」


 シモンの言葉を理解しかねている千花は助けを求めるように邦彦に目を配らせる。

 しかし邦彦もシモンと同意見なので味方はしない。


「シモンさんの言う通りです。確かにシモンさんに恩を抱いていることはわかりますが、それは紛れもなくあなたの成果なので、もらっておきなさい」

「そういうものなんですか」


 邦彦が頷くので、千花は再びシモンを見た後、自分の手にある袋に目を落とす。


「もらっていいんですか」

「もちろん」

「……ありがとうございます」


 アルバイト経験もない千花にとって、これが初めて自分で働いたお金だ。

 そう考えると自然と嬉しくなってくる。


「でもこの袋どうしましょう。そのまま持ってるのも危ないですよね」

「そのために色々道具を揃えるんですが。想定外のことが起きてシモンさんも怪我をしているので今日はこれくらいに」


 陽は既に昇っている。

 教えてもらうと最初にギルドを出た時から3時間経っているらしい。

 確かに気を緩めた途端にお腹が空いてきた。

 千花の体内時計は正確だ。

 しかしせっかく朝からリースに来たのにたった3時間で帰るのももったいない。

 どうせなら魔法の訓練をもう少ししたいと考えながらどう返事をしようか迷ってると、それまで黙っていたオキトが割って入った。


「先生、魔法だけなら俺も教えられると思います」


 興人の提案に邦彦は少し決断を渋るような仕草を見せる。


「日向君が、ですか。うーん」

「シモンさんよりかは要領は悪いですが、魔法を見せるだけならできます」


 何故かいつものように即答しない邦彦に千花は疑問を抱く。

 何か興人では駄目だ理由があるのだろうか。


「シモンさん、どう思います」

「……まあ、見せるだけならいいだろ」


 珍しくシモンに意見を聞いている。

 シモンも何故か言葉を濁している。

 ただ、千花は更に魔法を教えてもらえるということで上機嫌だった。


「ではできる範囲で手伝ってもらいましょう。2人とも、訓練場へ行ってください」

「はい」


 千花も興人も邦彦の指示に反対することなく、速やかにいつもの訓練場へ向かった。

 その後ろ姿を見てシモンは複雑な表情を浮かべる。


「俺も行くか?」

「いいえ。あなたは安静にしていてください。そして一刻も早く治してください」


 邦彦はそれだけ言うとこちらも速やかに2人の後をついていった。

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