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光の巫女  作者: 雪桃
第2章 リースへ
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初魔法訓練

 更に1時間後。

 千花は一切言葉を発さずに地面に伏したまま動かなくなった。


「初日にしては良い成果が出せたでしょう」


 そんな千花にもお構いなしに邦彦は総評を述べ始める。

 受け身の練習だけと侮っていたことが大きな仇となった。

 邦彦は基礎を教えるだけ教えて、千花が少し習得し始めた途端実践と言って投げ飛ばしてきたのだ。

 おかげで全身傷だらけである。

 顔は泥だけだが。


「座ってください田上さん」

「終わったんじゃないんですかぁ……」


 邦彦の指示に千花は弱々しく反論した。


「終わりましたよ。明日も特訓をするので筋肉痛にならないように体操をします」


 時間が惜しいのか邦彦は力を抜いている千花の上半身を持ち上げて体操の体勢に入る。

 邦彦に体重を預けながら千花は腕を伸ばしたり前後左右に体を傾けたりして酷使した筋肉を解す。


「これは気持ちいい」

「明日からは自分でやってくださいね」


 千花が甘えようとするので邦彦は突き放すように言葉を発する。


「さあ終わりましたよ。着替えて帰りましょう。アイリーンさんのご褒美欲しいでしょう?」

「欲しいです」


 千花は半ば飛んでいた意識を覚醒させて重かったはずの体を起こし、自ら更衣室へ向かった。


(いつか悪魔に餌で釣られないでしょうか)


 邦彦はあまりにも単純すぎる千花に少しばかり心配を抱いた。




 アイリーンからもらったクッキーを頬張りながら千花は邦彦とともに寮へ帰宅し、身支度と整えた。

 そのまま電気を消してベッドに仰向けになる。


「疲れたぁ」


 少し力を抜けばすぐにでも夢の世界へ飛ぶことができる程体に疲労が溜まっている。

 明日も遅刻しないように早起きしなければならない。


「明日の準備をして、授業についていけるように予習と復習をして。それから、後は……」


 やらなければならないことは沢山あるはずだが、今の千花にはもうこれ以上体を動かすこともできない。

 ぶつぶつ言葉を唱えながら千花は目を閉じ、意識のない世界へ飛んでいった。




 すすり泣く声が聞こえる。

 何かを叫んでいる声が聞こえる。

 怒鳴り声が聞こえる。

 目を開けるとそこには絹のように柔らかく、金色に輝く美しい髪を持つ巫女装束を羽織った少女と、少女を庇うように立つ翡翠色の髪を持つ女性、そして2人に詰め寄るように大柄な男が立っていた。

 男の額には禍々しく歪んだ漆黒の角が2本、爪は全てを切り裂いてしまいそうなほど鋭利に、口には全てを噛み砕いてしまうほど鋭利な牙が生えていた。

 男は怒鳴るように2人に問いかける。


「光の巫女は私のものだ。この世界を滅ぼされたくないのであれば巫女を寄越せ姫女神」


 男の命令に近い問いかけに姫女神と呼ばれた女性は険しい顔つきで少女を守りながら男を睨む。


「巫女はこの世界の守護神。悪魔のように穢れた者の手に渡ってはならない浄化の証です」

「悪魔が穢れた者? 愚かな。主らの世界にいる人間どもは領土や人種によって戦争を繰り広げているではないか。奴らほど醜い者はおらぬ。そのような光にも闇にも属せない欲望の塊と共にいるよりも漆黒に生きる方が巫女は輝くのだ」

「この子は渡さない」


 姫女神が近づいてくる男を払い除けるようにきつく放ち、争いが巻き起こる。

 光の巫女は後ろで苦しそうに座り込みがらすすり泣く。


「もうやめて。争いなんて、誰も得しない」


 光の巫女の白い頬から涙が零れ落ちる。

 姫女神と男の戦いを見て光の巫女は口を開く。


「全てを封じましょう。争いが起きるこの世界が、平和になるように」


 光の巫女を中心として眩い光が全てを包み込む。

 次に目を開けた時には、光の巫女も姫女神も、男も消えていた。




 色々な初めてを一気に経験すると時間が短く感じる。

 千花は眠気と筋肉痛に耐えながら邦彦の特訓に3日間耐えた。

 正直アイリーンのご褒美がなかったら耐えられなかったと思う。

 それでも千花は冒険に必要な基礎をある程度習得したのである。

 そしてリースに来て7日目。


「魔法を使ってみましょう」

「はい?」


 いつも通りグラウンドで準備運動を行い終わった千花は邦彦の言葉を聞き返すように声を出した。


「魔法?」

「ええ。戦闘としてはまだアマチュアにも達していない初歩ですが、約束通り明日は簡単な依頼を受けようと思います。魔法が使えない子どもでもできるものですが少しずつ実践していきましょう」


 邦彦の言葉に千花は期待と不安が入り混じったような表情を浮かべた。

 魔法を使えるのはもちろん嬉しい。

 しかし今まで生きてきた中でファンタジーでしか見たことのない魔法を自分が仕えるか、使えたとしてどのようなものになるかわからない恐怖もある。


「安心してください。何も突然やれなんて言いませんから」


 千花の不安を読み取ったのか、邦彦が努めて優しく声をかけるようにする。


「僕は魔法が使えないので、助力を頼みました」


 邦彦が千花の後ろを見ながら言葉を発する。

 千花がその方向を追うように見るとすぐ近くまで青年が歩いてきていた。


「よおクニヒコ。遅くなったな」

「いえ、ちょうど良いです。田上さんも準備ができましたので」


 邦彦と親しく話している青年を千花はぼーっと眺めていた。

 この世界には背の高い人しかいないのかと思うほどこの青年も細身ではあるが体格がいい。

 濃い紫色の、邪魔にならないよう刈り上げられた髪に、同じ色の整った目、運動に適した動きやすい服装を身に纏わせて邦彦と会話をする青年に千花はただ影を薄くして様子を窺うことしかできなかった。


「シモンさん。彼女が僕が頼んだ女性です」

「こいつが?」


 気を緩めていた千花は自分に話を振られ、一気に体を強張らせるように身構えた。

 シモンと呼ばれた青年に見下ろされる。


「田上さん、彼はシモンさんと言います。今日からあなたに魔法を教えてくださる方ですよ」


 シモンが嘗め回すようにこちらを見下ろしてくるので千花は警戒心を強める。

 自己紹介もせず沈黙が流れる中、先にシモンが口を開いた。


「こいつは挨拶もできないのか」


 シモンはまるで虫を見るかのように顔をしかめながら千花を睨みつけた。


「おいクニヒコ。魔法を教える前に礼儀を教えておけ」


 千花が呆然としている間にシモンが邦彦に文句を垂れた。

 邦彦は仕方ないと言うように大げさに肩を竦める。


「シモンさんが威圧的だから委縮しているんでしょう。普段はしっかり挨拶しますよ」

「こういうところで本性が出るんだよ」


 恐らく邦彦は千花を庇っているのだろうが、それに構わずシモンは千花に詰め寄った。


「俺はクニヒコに頼まれたからお前を指導する。だが礼儀もなってないガキに優しくするつもりもないから覚悟しておけよ」


 偉そうに1人で話すシモンにそろそろ呆然としていた千花の沸点も上がってきた。

 千花の性格を知っている邦彦はそろそろ限界かと間に入ろうとする。

 しかしその前に千花がシモンに歩み寄っていく。


「シモンさん」

「あ?」


 睨んでくるシモンに怖じ気づくことなく千花は愛想笑いを浮かべて口を開く。


「はじめまして。千花です。名前を聞く前に自分が名乗るっていうのが私の出身の礼儀なんですが、シモンさんの育った場所では最初に命令するのが礼儀なんですね」


 千花が言ったことの意味を理解しかねていたシモンだが、しばらくして挑発し返されたことに気づいたのか青筋を浮かべ始めた。


「いい度胸じゃねえかチカ」

「シモンさんの真似をしただけですよ」


 2人の間に火花が巻き起こる。

 邦彦は遠くから二人の不穏な空気を観察しながら苦笑した。


(案外良いペアなのかもしれませんね)


 目だけが笑っていない笑顔の2人に時間がないことを伝え、邦彦は魔法の訓練へ促した。

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