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光の巫女  作者: 雪桃
第2章 リースへ
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青年との再会

 翌日の昼休み。

 千花は無事読み終えた歴史の単行本をしまい、悲しむように項垂れた。


(今日こそ友達を作ろうと思ったのに。それでおしゃべりに夢中で読み終わりませんでしたって先生に言ってやりたかった)


 無駄な対抗心を持っていた千花だが、それを抜きにしてもやはり声をかけてくれるクラスメイトはいなかった。

 そもそも地球人にとって解読不能な言語の本を真剣に読んでいる時点で近づいてくる生徒もいないだろう。


(安城先生に馬鹿にされないように教室で食べよう)


 千花はとりあえず食べたかった菓子パンを5つ机に並べてどれから食べようか悩んだ。

 近くを歩いていた男子がその大きさと量に驚く。


(よし。食事と言えばやっぱりしょっぱいものからだ)


 そう考えた千花は真ん中にあったコロッケパンを手に取る。

 そのまま袋を開封しようとした時だった。


「田上さん」

「はい!?」


 クラスメイトから突然呼ばれた千花は反射的に身構える。

 悪魔と戦い、スラムで襲われたことで自然と体が警戒心を覚えていた。

 声をかけてきたのはそこまで近い席でもない女子だった。

 名前はまだ覚えていない。


「田上さんのこと呼んでる人がいるんだけど」

「私を?」


 女子が名指ししていないということは邦彦ではないだろう。

 そうすると誰が呼んでいるのだろうか。


(目をつけられた覚えもないし、告白でもないだろうし)


 呼び出される理由を考えながら言われた通り廊下に出る。

 ドアを抜けた先には赤が混じった黒髪と同じ色の瞳を持った背丈の大きい男子が立っていた。


「あれ?」


 千花は脳内の記憶から目の前の男子を思い出しつつあった。

 図体は大きいが、恫喝(どうかつ)されそうな威圧感は見られないその雰囲気に千花はスラムで襲われた時を思い出す。


「あなた確かリースの……!」


 千花が言いかけると男子は口に人差し指を当てて静かにするよう指示した。

 千花は大人しく口を閉ざす。


「これを渡しに来た」


 初めて聞いた男子の声に日本語が話せるのかと呆然としていると、男子がスマホを差し出してきた。

 少し割れてしまっている部分もあるが、紛れもなく千花が落としたものだ。


「逃げてる時に拾っておいた」

「あ、ありがとう」


 千花がためらいながらスマホを受け取ると、男子は満足したように元来た道を引き返そうとする。

 千花はその姿に慌てて引き止めた。


「ま、待って!」


 千花の言葉に男子はすぐに立ち止まる。

 そのまま振り返って千花の次の言葉を待った。


「なんでここにいるの? あなたリースの人間でしょ?」


 もっと色々質問したいことはあるが、混乱している千花は初歩的なこの問いしか口に出せなかった。

 千花の質問にしばし考えた後、男子は親指で廊下の向こうを指した。


「人気のないとこで話す」

「は、はい」


 男子が指した方に千花も小走りでついていった。




 2人が来たのは屋上に続く階段だった。

 基本的に屋上は立ち入り禁止のためここに来る生徒もいない。

 そのため賑わっている校舎の中でも静かだ。

 その中で男子は口を開く。


「ここまで来て言うこともないが、俺がリースとここを行き来しているのは田上と同じ理由だ」

「えっ」


 邦彦は光の巫女候補者は女性だと言っていたが男性がなる場合もあるのだろうか。


「じ、じゃあ」

「ああ、俺は機関の……」

「あなたも光の巫女候補なの!?」


 男子に被せるように千花は嬉しさを混じらせた声を出した。

 男子は言葉を失ったように目を丸くして固まる。


「なんだ私だけだと思ってた。でもそうだよね。世界を救うのに候補者が1人なわけないもんね」

「あ、いや」


 男子の戸惑った声も耳には入らず千花は納得したように何度も頷いて満面の笑みを浮かべた。


「同じ候補者として一緒にリースの世界を救おう!」

「俺巫女候補じゃないけど」

「あれ?」


 冷静に否定された千花の表情と雰囲気が一瞬で冷めていった。

 男子は噛み合っていない原因が自分ではないことを理解しながら申し訳なさそうに眉を寄せた。


「俺は機関で働いてる一員だって言いたかったんだが。安城先生と待ち合わせしてたから新人だと思ったんだけど」

「機関って巫女候補を探したり扉を管理したりするあの?」

「そんな大それたことは先生みたいなベテランの仕事だ。俺みたいな未成年は誤って一般市民が危険な場所に入らないように見回りをしている」


 千花がスラムに入った時にすぐに助けに入ってくれたことを思い出す。

 治安の管理も機関の仕事なのだろうか。


「なんだ。てっきり巫女候補だとばかり」

「……田上は候補者なのか」


 男子が声のトーンを低くして静かに聞くが、千花にはその変化が読み取れなかった。


「そう。半年以上前に安城先生と出会って候補者になったの。今は魔法が操れるように練習中」


 呑気に応える千花を見る男子の瞳が段々重暗くなる。

 しかし口を開きかけてから何かを察知したかのように顔を正面に向ける。


「俺がここを行き来してる理由が目的だったな」


 話の趣旨を思い出したように男子は声をいつもの高さに戻した。


「半年以上前、多分田上が候補者に選ばれた時、この近くで悪魔の騒動があっただろう。記憶を改ざんされていないなら覚えているはずだ」

「ああ」


 恐らく千花が修学旅行中に遭遇した事件のことだろう。


「あの時は先生がいたから手遅れにならなかったが、悪魔は徐々に地球を侵食しようとしていることがあの騒動で明らかになった」


 千花は男子の説明に1つずつ相槌を打つ。

 実態を見たことのある千花にはその理論が納得できる。


「そこで機関は地球に適応できる人間を配置して、悪魔の魔力を感知するよう任務を開始した」

「その任務を行うために行き来してるってこと?」


 肯定するように男子は1つ頷いた。


「俺は先生に地球のことを教えてもらっていたから適応能力があると判断された」


 この人も邦彦が面倒を見ている1人なのかと千花は心の中で理解する。

 元々すごい人だとは思っていたが千花が知らないだけで邦彦の肩書きは多々あるのかもしれない。

 その性格は女性を手玉に取ることも厭わない意地の悪いものだが。


「機関の人はまだいるの?」

「俺が知っている限りでは先生以外ここにはいない。地球に感化されて束になって革命を起こされないようにな」

「革命なんて物騒な」


 千花が信じられないとでも言うような声を出すが男子は何も疑問に思っていない。


「よくあることだ。特にトロイメア以外が悪魔に支配されているリースでは人間側に反感を持っている種族も少なくない」


 そもそも人間しかいない地球で生きていた千花には想像ができない話だ。

 リースについて更に知識を蓄えた千花に対し、男子は顔を向けた。


「俺への質問はここまでだが、他に何か聞きたいことはあるか」

「え!?」


 聞き手でいた千花は突然言葉を振られ、驚いた表情のまま固まった。

 そのままゆっくり首を横に振る。

 その姿を見た男子は何も言わず立ち上がる。


「それなら戻ろう。あまりここに長居しても怪しまれる」

「う、うん」


 千花は先程同様に男子の斜め後ろを小走りでついていく。

 千花達の教室がある3階までの道でも大勢の生徒がすれ違っていた。

 いくら人が来ないとは言え、よくあそこまで異世界の話ができたものだと千花は今になって冷や汗が出た。


「変な噂になっても困るからここで」

「うん。話を聞かせてくれてありがとう。えっと」


 名前を聞いていなかったことに千花は気づいた。

 男子が「田上」と呼ぶので千花もすっかり知っている気分でいた。

 男子も気づいたように口を開く。


「興人。日向(ひゅうが)興人(おきと)だ」

「興人ね。私は田上千花……って知ってるか。ありがとう興人、また会うことがあったらよろしくね」


 千花は簡単に男子──興人に挨拶をすると廊下を小走りで進み教室に帰っていく。

 人が多い廊下ではすぐに千花の姿がなくなる。


「あれが最後の巫女か」


 興人の声は小さく、誰にも聞こえなかった。

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