私の、本当の気持ちは
千花は魔法杖片手にイシュガルドに突進していく。
今のイシュガルドに緻密な作戦を講じても振り払われるだろう。
千花はただイシュガルドの意識をこちらに向けることのみに集中して魔法陣を展開する。
「泥団子!」
千花は走りながら泥で出来た球体を目くらましにイシュガルドへ向けて発射する。
千花の存在に気づいたイシュガルドだが、まるでハエを追い払うように球体を弾いていく。
「今の貴様はただの人間だ。神に立ち向かおうなどおこがましいことを」
「ただの人間でも、光の巫女の欠片でも、あなたに抗うことはできる!」
千花は魔法を振り下ろし、イシュガルドが魔法を振り払う。
予想はしていたものの今までの魔王とは桁違いに手応えがなく、千花は焦りを感じながらも心は諦めない。
(この世界を壊させはしない。光の巫女様の言葉が聞こえるまで、私は戦う)
「大地の震動!」
千花は大地を揺るがす程の振動を起こさせ、イシュガルドの足場を崩す。
王城がひび割れ、地震が引き起こされるが、今の千花は申し訳なさと仕方なさを拮抗している。
「これで足止めのつもりか。人間」
元は光の巫女候補者を探すためにノーズの名を騙って千花を操っていたというのに、本物の光の巫女が現れたとなればたとえ魂の欠片だとしても興味を失くすのだろう。
その身勝手さに千花は怒りさえ覚える。
(光の巫女様が話をつけてくれるまでの辛抱だ。頑張れ私)
千花とイシュガルドの戦いを見て、光の巫女は再び先程千花から言われた言葉を思い出す。
『あなたが諦めてどうするんですか』
(私が伝えたいこと。あなたに、世界を壊してほしくない。けれど、私は。本当の私の気持ちは)
光の巫女は胸の前で拳を握りしめ、前線へと飛び込んでいく。
千花に魔法を止めさせると、イシュガルドの前に立ちはだかった。
「何の真似だ、巫女」
「話を聞いてください、イシュガルド」
「お前との話は既に終わった。お前は私を愛せない。私はお前の世界を壊す。それだけのこと……」
「私は愛せないなんて言ってません!」
光の巫女は声を荒らげる。
その目には、涙が浮かんでいた。
「愛せないなんて、言っていない。でも、その言葉を言ったら、あなたは消されてしまうではないですか」
イシュガルドは気づく。いや、思い出したと言った方が近い。
光の巫女への愛の暴走で忘れていたのだ。
姫女神に言われた言葉を。
『次に愛を囁けば、闇を全て消し去りましょう』
光の巫女の「花嫁になれない」という言葉は、イシュガルドを守るためにあったのだ。
それにイシュガルドが気づいた時、光の巫女は大粒の涙を流していた。
「どれだけ私がその言葉を言いたかったか。いつになったら呪いは解かれるか。永遠に考えても答えは出ず、私は檻に閉じ込められていました」
光の巫女の声が強くなると共に、イシュガルドから邪気が消えていく。
その邪気はまるで、光の巫女との確執を取っているようで。
「私はこの世界を壊したくない。あなたの世界も同様に。それでも、あなたが望むなら、私は意を決しましょう」
光の巫女は深く呼吸をし、イシュガルドを見据える。
その目にはもう涙は流れていなかった。
「私と共に眠りましょう、イシュガルド。私は、あなたを……」
愛しています────。
その瞬間、空から大きな落雷がトロイメアを穿つ。
神の怒りに触れたような雷に、千花は血の気を引かせる。
(このままじゃ、巫女様もイシュガルドも……)
姫女神の逆鱗に触れた光の巫女が、それに返答しなければならないイシュガルドが、巻き込まれる人々が、千花には予想できてしまう。
その間にも雷は止まず、光の巫女とイシュガルドを襲うように近づいてくる。
「イシュガルド、答えを」
その雷にも怖じけることなく、光の巫女はイシュガルドの答えを待つ。
イシュガルドはしばし口を引き結んだ後、ふっと口角を上げる。
「お前と眠る気はない」
その言葉に、光の巫女は眉をぐっと寄せ、今にも泣き出しそうな表情を見せる。
だが、イシュガルドの次の言葉は──。
「眠るのは、私だけで十分だ」
そう言うとイシュガルドは光の巫女を抱きしめる。
その行動に、光の巫女は目を見開いて固まる。
「イシュ……っ」
「愛している、光の巫女。その言葉だけで十分だ」
そう言うとイシュガルドの体はボロボロと崩れ落ちていく。
神の約束を破った罰だ。
「イシュガルド、やめて! 私も!」
「お前は人を愛せ。いつまでも、愛しているから」
「イシュガルドーーーー!!!!」
光の巫女の手が届く前に、イシュガルドは灰となって消えていく。
闇を失った空は、青く澄んでいた。