光の巫女とイシュガルド
白い空間が壊されたと同時にトロイメアに変化が訪れた。
降霊の間から一筋の光が空を突き抜けたかと思えば、膨大な光の柱が天を突き破るように放出されたのである。
「田上さんっ?」
光に耐えられず壊れていく降霊の間の前で待っていた邦彦は目を開けていられない程の光の衝撃に耐えながら、千花の名を呼ぶ。
目が慣れてきた頃、光の柱の中央に人影を見出した。
それは、千花自身と、金色の髪に虹色の瞳を持つ少女の姿だった。
「あれが、光の巫女様」
邦彦が呆然と呟いたと同時に別の衝撃音が響いた。
「現れたか、光の巫女」
その正体はイシュガルドだった。
とうとう人間の結界を破って、城の中へと入ってきてしまったのである。
千花と光の巫女は闇に塗れたイシュガルドと破壊された降霊の間で対峙した。
イシュガルドは殺気に溢れたオーラを湛えながら光の巫女本人を睨む。
「ようやく私のものになる気になったか、光の巫女」
千花は一言一言にイシュガルドの恨みが募っていることがわかり、背中に嫌な汗が流れ出る。
ここで光の巫女の零体が消えないように意識を集中させることが今の千花にできる唯一のことだ。
一方の光の巫女は浄化の力を緩め、イシュガルドが気圧されないように魔力を調節していることがわかる。
「イシュガルド、またこうしてあなたに会えたこと、嬉しく思います」
光の巫女の言葉にイシュガルドは眉根を寄せて近づいてくる。
浄化の力で反発されないことを訝しみながらも、すぐに光の巫女の目の前まで歩み寄り、その小さな体を見下ろす。
「何が言いたい、光の巫女」
「私はあの日、共に過ごしたあなたの情を無下にして、あなたを裏切ってしまった」
光の巫女はイシュガルドの目を見ながら、今までのことを思い出す。
泉の前でイシュガルドの傷の手当てをした時から旅をしようと誘い込んだあの日。
旅をしていく中でイシュガルドが愛というものを知っていく姿を自分が微笑ましく眺めていた日もあった。
だが、その幸せも長くは続かなかった。
光の巫女が浄化の力を強くしていけばいくほどイシュガルドが傷つき、反発するように闇の力が強くなってしまった。
そのせいでリースの民に光と闇が拮抗し、争いが起きたこともあった。
「私は、あの時現実から目を背け、責任を全てあなたに押しつけました。魔神であるあなたを苦しめておきながら、最後には拒絶したこと、申し訳なく思っています」
姫女神によって引き剥がされた2人だが、イシュガルドの正体を知った光の巫女が彼の愛を拒み、戦争にまで発展させてしまったことを彼女は悔やんでも悔やみきれない。
愛を教えようとした張本人が、彼の愛を拒んだのだから、責任は光の巫女にあると、彼女は考えているのだ。
「だから私はけじめをつけようと思います。あなたに、本当の気持ちを伝えます」
光の巫女は一息吐き、ずっと自分を見下ろしているイシュガルドをすっと見つめる。
「あなたの花嫁には、なれません」
2人の周囲が、トロイメア全土が底冷えしていく気配を千花は感じ取る。
イシュガルドが激怒しているのか、闇が段々と濃くなっていく。
「それが、お前の答えか。光の巫女」
「ええ、ですが……」
「ならばもう容赦はしない」
光の巫女の次の言葉を待たずして、イシュガルドは片手を頭上に掲げると、彼女を睨みながらその手を振り下ろした。
次の瞬間、黒い稲妻がトロイメアを覆い尽くし、地上を破壊していく。
家屋は燃え盛り、逃げ惑う国民は稲妻に焼き裂かれ、辺り一面が地獄と化していく。
「うわっ!」
その衝撃に光の巫女も千花も遠くまで吹き飛ばされてしまう。
「イシュガルド! まだ話は終わっていません。私の話を聞いて!」
「これ以上何を話す必要がある。私の情を拒み続ける貴様にも、この世界にももう用はない」
闇の瘴気が強くなっていく。
魔王の非ではないその力に千花は凄惨たるトロイメアを見下ろしながらイシュガルドの本気を感じ取る。
「どうして、話を聞いてくれないのですか」
光の巫女もまた巻き起こる戦争の惨事に呆然としながら嘆く。
その姿を目に焼き付け、千花はぐっと魔法杖を握りしめる。
(話を聞いてもらうにはイシュガルドを宥めるしかない。なら、注意を私に分散させれば)
千花は魔法杖を構え、光の巫女よりも前に出る。
「何をするつもりなのですか?」
千花の行動に疑問を呈した光の巫女は意識をそちらへ向ける。
「イシュガルドを止めます。これ以上、この世界を壊させないように」
「そんな無謀な真似はおやめください! 今のあなたはただの人間なのですよ!」
「じゃあこのまま世界が壊れるのを見てるんですか?」
千花は光の巫女に対して一喝する。
この際、神だの人間だのと気にしている暇はない。
「さっき言ったでしょう。私は人間です。あなたも、人間と同様光も闇も共用できる存在です。だから、イシュガルドに思いを伝えられるまで絶望から救い出せた。そんなあなたが諦めてどうするんですか」
光の巫女は千花の言葉にはっとなる。
また絶望に落とされそうになったところを、救い出されたのだ。
「ボロボロになってでもイシュガルドを止めてみせます。だから、あなたはその思いをイシュガルドにぶつけてください」
千花はイシュガルドに向かって走り出す。
光の巫女はその姿を見て、胸の所で拳を握りしめた。
(私があなたに伝えたいこと。それは……)
光の巫女は流れ落ちる涙を拭い、暴走しているイシュガルドを見据えた。