光の巫女の決意
何か違和感を覚え、千花が目を開けるとそこは真っ白な世界だった。
地面に足がついている感覚はあるが、それ以外は何もない空虚な部屋のようだ。
初めて来た場所だと言うのに、千花はここの記憶があった。
(ここ、私が生まれた場所だ)
千花は光の巫女の魂が欠けたものが人型に成した存在だ。
必然的に生まれ故郷もあるが、それがここだと、なぜだか千花には実感があった。
(そして、私が生まれたということは、ここにいるんだ)
千花は道がわかるような先へと進んでいく。
どちらが前か後ろかもわからないはずなのに、まるで情報をインプットされたように勝手に体が動いていくのだ。
(きっと、この辺りに)
「いるんでしょう、光の巫女様」
千花が呼びかける。
千花の声に呼応するように空間が歪んでいき、白い空間の中から物体が現れた。
それは、大きな鳥かごのような檻に閉じ込められた、優しい金色の髪を地につけて項垂れている少女の姿があった。
千花に少し似ている顔立ちだが、その神々しさから人間でないことは容易にわかる。
檻に幽閉されているその少女こそ、光の巫女だった。
「はじめまして……いえ、ただいま戻りました。光の巫女様」
光の巫女の欠片である千花は、未だ絶望している光の巫女に話しかける。
彼女は光のない虹色の瞳を下に向けて、千花に反応しない。
「あなたの記憶が戻ってきました。私と一緒に、イシュガルドを止めに行きましょう」
千花は檻に手をかけ、絶望に打ちひしがれている光の巫女に諦めず話しかける。
イシュガルドの名を聞いた途端、光の巫女が肩で反応を見せた。
「もう、無理です。リースは壊される運命なのです」
口を開いたかと思えば光の巫女は諦めの言葉を吐いていた。
千花はその自暴自棄とも思える言葉にぐっと奥歯を噛みしめて悔しそうに檻にかけている手を握りしめる。
「見捨てるんですか、あなたが愛してきた人達を」
「もう、私の手には負えないの。私にできることはこの檻の中であの魔神の所業を見ているだけ。もう、浄化する力も残っていない」
その力は今千花が握ってしまっている。
返そうにも今の光の巫女に浄化を行わせることはできないだろう。
それでも、千花にはどうしても光の巫女をこの檻から抜け出させたい理由があった。
「光の巫女様、あなたは絶対にイシュガルドに会わなきゃいけない。私は、あなたを連れ戻したい」
「浄化をしたいからでしょう? それならあなたにだってできます。私の力を受け継いだあなたであれば……」
「違います。私はイシュガルドを跳ねのけることができるでしょう。でも、それじゃあ意味がないんです」
千花の言葉に初めて光の巫女が顔を上げた。
その目は涙で腫れ、神としての威厳を失っているようだった。
「光の巫女様、あなた、イシュガルドに伝えたいことがあるんでしょう? 私の記憶の中にしっかりとこびりついています。それを伝えなければ、巫女様、永遠に後悔することになりますよ」
千花のその言葉で光の巫女は目を見開いた。
その表情は酷く傷ついていた。
「私の記憶が見られるのなら同時にわかるでしょう。私は、あの言葉を言ってはならないのです」
「姫女神様の怒りのせいですか」
光の巫女はまた黙ってしまう。
その表情は図星を突かれたとでも言っているようで。
「それなら言います。そんなもの、無視してください」
「魂の欠片のあなたに何がわかると言うのですか。魔神はもう、私の声など届かないのですよ」
「そんなの言ってみないとわからないじゃない。今のあなたは母親の怒りが怖くて世界を壊そうとしている張本人です」
「それでいいのです。もう、私は、誰も愛さない」
「いつまで逃げているつもりですか!!」
千花は痺れを切らしたように光の巫女に対して叫ぶ。
力限り絞った声は、檻にヒビを入れた。
「この檻だってそう。抜け出そうと思えばいつでも逃げられたはずです。それを、あなたは保身のために900年引きこもったまま、戦争がまた引き起こされているんですよ」
「……あなたに何がわかると言うのです」
光の巫女は千花の叫びにゆっくりと立ち上がり、苦しそうな、悔しそうな顔で彼女を睨みつける。
「私がどれだけあの言葉を言いたかったか、あなたにわかるのですか。あの言葉を言えば、魔神は消されてしまうのです。それでもなお、私に言えと言うのですか。魔神を滅ぼすために」
「イシュガルドを滅ぼすためじゃありません」
千花は真っ直ぐに光の巫女の目を見つめ、静かに口を動かす。
「あなただって、人間のように素直になっていいんです。それは、神に止められていいものではない」
千花は檻の中に手を入れ、光の巫女に差し出す。
「抗いましょう、光の巫女様。あなたは自由になっていいんです。自分のせいで誰かが傷つくことを恐れないで、まずは、思いの丈をぶつけてください」
光の巫女は目を見開いて固まる。
今まで姫女神に制御され、イシュガルドを敵と見なしていた自分が、今更地上に出て話を聞いてくれるのかと疑問が残るが、千花の言葉である決心が宿った。
「……わかりました。あなたの指示に従いましょう。今だけは、私も1人の人間として彼に向き合います」
光の巫女は千花の手を取る。
その瞬間、檻は木っ端微塵にはじけ飛び、白い世界は音を立てずに消し去った。