災厄までの出会い
光の巫女のオーラは全生物にとっての源になり、祈ればその地は安寧を届けられた。
「光の巫女様! 今日も来てくださったのですね」
「光の巫女様。今日もこの地は豊作です」
「光の巫女様」
「光の巫女様」
どこへ行っても光の巫女は呼びかけられ、その度に彼女は笑みを振りかける。
その姿を見てイシュガルドは不思議そうに口を開く。
「なぜ見知らぬ他人にまでも微笑む。キリがないだろう」
「私を生み出した姫女神様は言いました。神である私達は、全人類を守り、慈しむために存在するものだと。私は自分の任をこなしていると共に、人間と共存できる神でありたいと願っています」
「面倒なことを。いつ体が壊れるかわかったものではない」
イシュガルドがぶっきらぼうに放つ言葉に光の巫女は目を丸くする。
だがすぐにまた笑いかけると首を横に振った。
「私の源は皆の光。光が潰えぬ限り、私が壊れることはありません」
輝かしいばかりの光を称える彼女にイシュガルドは眩しそうに目を細める。
そんな2人を、民も微笑ましそうに見守っていた。
ただ1人、翡翠色の髪と目を持つ女を除いては。
それから年月は経ち、広大なリースの地のほとんどに光をもたらした光の巫女は、イシュガルドと共にある花畑へ来ていた。
「見てくださいイシュガルド! こんなに美しい花畑、私は見たことがありません」
いつも落ち着いていた光の巫女が珍しく意気揚々と話すため、イシュガルドはそこまで嬉しいことなのかと不思議に思う。
「何がそこまで嬉しい」
「私、村の女の子から聞いたのです。花冠という可愛らしい冠があるということを。確か、こうして、こうやって」
そう言うと光の巫女は優しく咲いている花を手折り、器用に冠の形にしていく。
イシュガルドはただ見るばかりだ。
「ほら、できました! 可愛らしいでしょう」
「私には何が楽しいのかわからない」
「そうですか……」
光の巫女は目に見えてしょげているように見える。
年を重ねたからわかる、光の巫女がこうなった時にはイシュガルドが村民から非難されるのだ。
初めはそんな非難もどうでもいいと流していたイシュガルドだが、光の巫女がより悲しむため仕方なく機嫌を直すようにしている。
「貸せ」
「え?」
「私にも冠を作らせろと言っている」
その言葉を聞いた瞬間、光の巫女の悲しんだ顔が一変、一気に花が咲いたように綻んだ。
「はい! まずはここをこうして……」
イシュガルドは光の巫女の教える通りに花を紡いでいく。
元々器用な2人にとって、子どもの遊びは容易いことだった。
「できました。完成です」
「ああ、そうだな」
光の巫女が喜んでいると、イシュガルドは花冠を手に立ち上がる。
嬉しそうに笑っている光の巫女を見下ろすと、その優しい金色の髪を称えた頭に冠を乗せた。
「イシュガルド?」
「お前はいつも与えてばかりだ。たまには、与えられてもいいだろう」
イシュガルドの言葉に光の巫女は本日何度目かわからない笑顔を浮かべ、彼の手を取った。
「ありがとうございます、イシュガルド」
花冠を乗せた光の巫女はまるで花嫁のようで。
イシュガルドは知らず知らずのうちに、顔を優しく綻ばせていた。
そして、そんな2人を見てまたもや翡翠の女は睨みをきかせていた。
「許しません」
女は2人の目の前まで歩み寄ると、呑気に手を繋いでいる彼らを──イシュガルドを魔法で突き飛ばした。
「なっ、何をするのですか!」
弾かれたイシュガルドの代わりに光の巫女は声を荒らげる。
そんな彼女に女は冷たく言い放つ。
「何をする? それはわたくしに対して言っているのかしら、光の巫女」
女は変身を解くように体から光を発する。
その美しさと荘厳さに、光の巫女は女の正体を知る。
「ひ、姫女神様」
光の巫女の産みの親とも言える姫女神がそこには立っていた。
怒りの表情を向けて。
「なぜ貴様がここにいる」
飛ばされたイシュガルドは怒り心頭と言った様子で姫女神を睨みつける。
姫女神も同様に、イシュガルドを睨み、口を開いた。
「我らが光の巫女を手篭めにし、闇に誘おうとしたこと、許しはしません。魔神」
姫女神の言葉に光の巫女は息の根が止まるような思いを抱く、
魔神──それは光の巫女がもっとも忌避すべき人物だったからだ。
「危うく絆されるところを、あなたを見張っていて正解でした。こんなもの、あなたの枷にしかなりません」
姫女神は光の巫女の頭に飾ってある花冠を取り上げるとイシュガルドに投げつけた。
花びらが力なく落ちていく。
「光の巫女は既に光を届けました。貴様は必要ない。さっさと消えてしまいなさい」
「なんだと?」
姫女神に怒りをぶつけていたイシュガルドは確認するように光の巫女へ目をやる。
その表情を見て、イシュガルドは絶望した。
「あなたが、魔神」
その顔は、恐怖と混乱と、拒絶が入り交じっていた。
「お前もか」
光の巫女の顔を見たイシュガルドは歯を噛み締め、憎悪を込めて闇を纏った剣を彼女目掛けて振り下ろす。
「させません」
だがその前に姫女神が光の巫女を檻に閉じ込め、一切の攻撃を封じた。
「そうして、いつまでも私を忌避するのだな、お前は!」
「貴様は闇の者。光の巫女を一度騙しただけ光栄と思いなさい。ですが二度はない。次に愛を囁いたら、闇を全て消し去ってやりましょう」
そう言うと姫女神は光の巫女を檻に入れたまま消えようとする。
光の巫女も共に消え去られる寸前、イシュガルドの声が聞こえた。
「そうか。ならば私はこの世界を消し去ろう。お前に裏切られた分だけ、生者を嬲ってやろう」
その声を皮切りに、世界から闇が生み出され始めた。