思わぬ味方
興人とシモンは背中合わせに悪魔を1体ずつ倒していった。
1体1体は弱く魔法で倒せるレベルではあるが、如何せん数が多く身動きが取りづらい状況にいる。
「オキト、まだ動けるな。魔力が尽きたらいつでもいいから休めよ」
「大丈夫です」
千花が目覚めたことを知らない2人だが、今殺されてはならないことは容易に想像がついている。
魔神イシュガルドがなぜこうしてトロイメアを攻撃しているのか、人間の世界を殲滅したいからだけではないことはよくわかっている。
「チカが魔神を倒すまで、粘ってやるか」
ガーゴイルを魔法で倒していくシモンに続いて興人も国民が追いつかれないように足止め役になる。
ギルドにいた冒険者も参戦してくれてはいるが、戸惑っていることに変わりはない。
興人とシモンが先陣を切ってトロイメアを守っていかなければならない。
そう思いながら興人が大剣を振るっていると、頭上に何やら黒い球体が3つ落ちてきたのが見えた。
「あれは?」
また悪魔か、と興人が身構えていると、黒い球体は形を変えていく。
その姿はライオンのような四足歩行の獣、歪な羽を持った黒いコウモリ、そして牙を剥き出しにしたドラゴン。
どれも興人は見覚えがあった。
(魔王!?)
どの球体も一瞬で5メートルは超える程の巨体を誇っている。
興人は瞬時にそれがイシュガルドから生み出された新たな魔王であることを理解する。
「シモンさん、まずいです」
ガーゴイルに囲まれていたシモンを呼び、興人は背筋に嫌な汗が流れる体に鞭を打って臨戦態勢に入る。
シモンもすぐに異変に気づき、驚きと共に焦りを含んだ笑みを見せる。
「これは、悪魔も本気で仕留めに来たか」
興人とシモン以外に戦っていた魔導士は魔王の登場に慌てて逃げ惑う。
立ち向かおうとしてくれる戦士はおらず、混乱だけがトロイメアを渦巻く。
「ミコ、コロス」
「コロス、コロス」
「これは、会話は無理そうだな。オキト、お前は1体に集中しろ。俺が2体まとめて相手する」
一切自我を失った魔王は手当たり次第に街を破壊していく。
興人は近くにいたドラゴンの魔王に焦点を向け、炎を纏った大剣で斬りかかる。
「ギャアアアア!」
黒いドラゴンの腹は大きく裂かれ、黒い血が迸る。
悲鳴を上げるドラゴンだが、興人は手応えを感じず更に攻撃を続ける。
「フレイムソード!」
首を、足を、腹を斬る興人だが、違和感の正体はすぐに気づいた。
ドラゴンは闇の化身であるガーゴイルを食べて体を修復しているのである。
(くそっ)
「雷炎!」
今度は高魔力を有する合わせ技で対抗するが、少し退いただけですぐにドラゴンは回復する。
「オキト、魔力を使いすぎるな! 相手はどれだけ攻撃しようが回復してくる。足止め程度に戦え」
そう言うシモンも2体同時に襲いかかられて苦戦しているようだった。
今まで無傷だったのが嘘のように、ライオンの魔王に噛みつかれ、コウモリの魔王に風の攻撃を受けている。
そして興人も、油断したところをドラゴンに狙われ、建物の壁に叩きつけられた。
「ぐっ」
興人は鈍い悲鳴を上げて、今のままでは駄目だとドラゴンの姿に変化する。
フレイマーよりも建物の幅が狭く動きづらいが、攻撃力を増すには仕方ない。
(足止めならこれしかない!)
興人はドラゴンの魔王の首に噛みつき、自分がやられたように壁に叩きつける。
魔王が起き上がるよりも前に瓦礫で身を封じ込める。
(あのライオンもっ)
興人はドラゴン姿のまま旋回し、一気にドラゴンから人間の姿を解くと、ライオンの魔王に向かって大剣を振りかざす。
「オキト、避けろ!」
「えっ」
足止めを食らっていたシモンが興人を見て叫ぶ。
興人は咄嗟に反応ができず、後ろを振り向いた瞬間何かに吹き飛ばされた。
「かはっ!」
「オキト!……ちっ」
興人に駆け寄りたいシモンだが、2体に囲まれてしまえば無謀な真似はできない。
その間にも興人は軋む体を何とか動かして辺りを見回し絶望する。
(ドラゴンが、這い出てきた?)
黒い球体だった魂はどのような形にも変化ができるらしい。
軟体になっていた塊は興人を吹き飛ばした後、再びドラゴンの形になって彼に近づいていった。
「う、ぐ……」
ここで負けてはならない。
負けたら、千花がイシュガルドに奪われてしまう。
だから、絶対に。
(負けられない、のに)
大剣を握りしめる前にドラゴンの魔王が興人を大きな手で押さえつける。
そのまま魔王が興人を食おうと口を開いた時だった。
「獣王の雷鳴」
「風塵の牢獄」
強い雷鳴が轟いたかと思うと、闇の隙間から金色に光る雷がドラゴンの魔王を貫いた。
「え?」
ドラゴンの魔王は後遺症で麻痺を喰らったのか、身動きが取れないでいる。
見れば、コウモリの魔王とライオンの魔王も風の檻に閉じ込められたようにその場で立ち止まっている。
「お前ら……」」
シモンが呆然と呟く中、少年が2人、魔王の前に立ちはだかった。
「よお、オキト、久しぶりだな」
「微力ながら、手助けに来ました」
リョウガと唯月が、興人達の前に立っていた。