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光の巫女  作者: 雪桃
第11章 最後の決戦
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目覚めた先には

 千花が目を覚ますと、そこは真っ白な天井だった。

 覚醒前でもよくわかる。

 そこは機関の医務室だった。


「田上さんっ!」


 名前を叫ばれて千花の意識は一気に醒める。

 目の前に現れたのは栗色の髪と瞳を持つ顔立ちの整った青年──邦彦だった。


「安城、先生」


 千花は声を出して噎せる。

 喉がカラカラに乾いているようだった。


「無理に声を出さないでください。丸3日寝ていたのです。突然動くと心身に支障をきたします」


 3日も!? と声を上げたい千花だったが、邦彦に注意され表情で驚きを見せる。

 天界では1時間にも満たない程の会話だったが、やはり地上とは時間の流れが違うようだ。


「安城先生、今トロイメアはどうなってますか」

「まだ何も起きていませんよ。安心して、何が起きたか話してください」


 今この場には千花と邦彦しかいない。

 シモンと興人はいつイシュガルドがリースを襲撃してもいいように結界強化に尽力しているらしい。

 千花は感謝と申し訳なさが入り混じりながらもフィリアスで話してもらったことを説明することにした。


「……そうですか。確かにあなたは今までの候補者と比べて異彩を放っていましたが、まさか本当に神の血筋が入っていたとは」

「私もまだ完全に理解できてはいません。でも、これだけは確かです。私は、光の巫女本人を説得しにいく。そしてイシュガルドと対峙するのは、私にしかできないことだって」


 力強い視線を向ける千花に、邦彦は圧倒されたような、悲しそうな目を向ける。


「安城先生?」

「あなたは強くなった。それと同時に、神であることを受け入れている。あなたにそんな重圧を加えるこの世界が、僕は憎くて仕方がありません」


 千花は驚きに目を見開いた。

 まさか邦彦の口からこの世界が憎いという言葉を聞くはめになるとは思ってもみなかった。


「いいえ、世界を憎むのは違いますね。全ての元凶は僕自身にあるというのに。あなたを、光の巫女候補者として連れてこなければ、今でもあなたはこんな重圧を抱えて神と対峙しなくても良かったのに。本当に、申し訳ありません」


 邦彦が頭を下げる一方で、千花は二の句が告げなくなる。

 邦彦は1年半前、千花をリースへと呼び寄せた張本人だ。

 だからこそ今、こうして千花が1人、世界の命運を握る戦いに投じなければならないことに罪悪感を抱いているのだろう。

 それが今では理解できるからこそ、千花は大きく深呼吸をして邦彦を見上げた。


「安城先生、私、怖いです」


 千花は自分が強がりを言っていることもよくわかっていた。

 対峙すると言っておきながら相手は大多数の命を奪ってきた悪魔の神だ。

 怖くないわけがない。


「でも、ここに来たこと、リースを救おうと決意したこと、後悔はしていません。だって、私、そのおかげで仲間がこんなにいるんだって知りましたから」


 戦うことは怖い。

 リースに来てよかった。

 どちらも千花の本心であり、救いたいという気持ちは決して変わることはない。


「私1人じゃどうにもできません。だから、どうか、私の手と一緒に、零れ落ちる命が少なくなるように、協力してください」


 千花は邦彦の手を取って器の形を作る。

 その手には、光の巫女の魂が作られていた。


「私、トロイメアの王城に行って、降霊術を使って今度こそ光の巫女様と話してきます。だから、その間、私のことを守っていてください」


 千花の願いに、邦彦は目を見開いた後、千花が持っている魂と共に彼女の手を握り返した。


「ええ、もちろんです。最後まで、あなたのことをお守りしましょう。田上さん」


 2人の決意が固まる。

 その瞬間だった。


「クニヒコ! 緊急事態だよ」


 マーサが慌てた様子で部屋に入ってきた。

 機関長がいない代わりに、世界の監視をマーサが行っていることは後から聞いた。


「どうされましたかマーサさん」


 その緊迫した様子に邦彦も瞬時に真剣な顔つきに変わり、医務室にあるトロイメアが一望できるモニターへと目を向けた。

 そこに映っていたのは。


「これはっ」


 千花も立ち上がりモニターを見て絶句する。

 トロイメアの空が闇に覆われていたのである。

 太陽の光も、澄んだような青空も、真っ白な雲も何も見えない、墨をぶちまけたような真っ暗な闇。

 そしてその闇から生まれ出ているのは、あの地球で見た、ガーゴイルのような悪魔だった。

 

「安城先生……」


 千花が小さく呟いた時だった。

 モニターの端に、しっかりとあの者の姿が映し出されていた。


「ノーズ機関長……いや、あれが魔神イシュガルドですか」


 千花はモニター越しでもその姿を見ただけで身震いする。

 イシュガルドは闇の中央部分に立ち、悲鳴を上げ逃げ惑う人々を見下ろしている。


『光の巫女よ、見ているか。これが私を退けたお前の罰だ』


 冷たく言い放つイシュガルドの言葉に千花は背筋が凍りつく。

 耳を塞ぎたくなるようなその感覚に、千花の心臓が早鐘を打つ。


『お前が私の花嫁にならぬ限り、リースは闇に覆われる。貴様が愛した者達は、全て肉塊と化してやろう』


 千花が聞いていることに気づいているのか、イシュガルドはそう言い放つと更に悪魔を増やしていく。

 千花は締めつけられる胸をぎゅっと握りしめ、邦彦を見上げる。


「安城先生、私、行きます」

「田上さん」

「花嫁にはならない。別の方法で、イシュガルドと向き合います」

「……わかりました。マーサさん、ここは頼みます」


 千花と邦彦は医務室を出る。

 イアンの扉まで行く途中で、テオドールとライラックに会った。


「本当に行く気?」

「もちろんです」


 ライラックの言葉に千花が強く頷くと、彼女は面倒そうに「はあ」とため息を吐くとテオドールの背中を押した。


「私は薬以外のことは何もできないし、正直今の状況もどうでもいい。でも、魔神の言いなりに何百年もなっていたことは許せないしムカつくから、テオドールに全部任せるわ」

「わぁい久々の地上だぁ。巫女様、一緒に行こうねぇ」


 テオドールが千花の手を取ってくるくると踊り出す。

 千花はライラックがぶっきらぼうに言うその言葉が励ましのものだとようやく理解し、テオドールの手を握り返した。


「絶対、絶対生きて帰りますから」

「わかったからさっさと行きなさいよ」


 ライラックがしっしっと追い払うように千花に手を向ける。

 千花は邦彦と目を合わせ、イアンの扉を叩いた。


「イアンさん、トロイメアへ」


 扉が白く光ったと思えば、収縮していく。

 千花は1つ深呼吸をし、邦彦とテオドールと共にその扉を潜り抜けた。

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