田上千花の正体
千花は小学生の頃、自分が捨て子だということに気づいた。
生みの親はなぜ自分を捨てたのか、なぜ自分は今生かされているのか、そもそも、自分の両親は誰なのか。
ずっと、心の奥底で考えていた。
そして今、千花の出自が明らかになった。
「君は姫女神が生み出した光の巫女そのものだ。田上千花は、光から生み出されたんだよ」
そう言われても千花がすぐに納得できるはずもなかった。
自分にもちゃんと親がいて、何かの理由があって育てることができず捨てられたのだと。
数年かけて疑わなかった事実を簡単に曲げられ、千花は混乱と悲しみで顔を歪ませる。
「私、人間じゃなかったの?」
千花が何よりショックを受けたのは自分がれっきとした人間でないことだった。
人間として、世界を救うために光の巫女の役割を担ってきたというのに、自分自身が光の巫女だと言われてしまえばそれはもう神になってしまったことを認めざるを得ない。
千花がそれ以上何も言えずグレイの言葉を待つと、彼はまたも首を横に振った。
「生まれてすぐの君は確かに神の子だった。光の巫女の魂を受け継ぐ子として、神と同等の存在だったんだ。でもね、16年後、君は人間になったんだ」
「どういうこと……あっ」
千花は理解できず過去の出来事を思い出し、はっとなる。
レヴァイアとの戦闘で千花はシモンにこう言われた。
『お前は何者だ』
『私は、千花』
『お前、いつから人間を捨てた?』
『捨ててません』
「君はあの時、光の巫女でありながら人間であることを認めた。その瞬間だったんだ。君の中にある光の巫女の魂と、田上千花としての魂が分離した。君は、人間として光の巫女の魂を受け継ぐ子になったんだよ」
言われていることの意味がまだよくわからず、千花は言葉を反芻させながら何とか理解しようとする。
「私の中に、人間の魂と光の巫女の魂が眠っているってこと?」
「うん、それでいいよ」
まさか千花の意思だけで魂が分離するとは思わなかった。
いや、それもまた、神だったからこそ為せる業なのだろう。
「じゃあ、私をイシュガルドが花嫁にしようとしてた理由は、私が光の巫女だったから?」
「それもあるだろう。魔王を繰り出した理由は光の巫女様を絶望させるため。闇に染まった光の巫女様であれば、簡単に自分の支配下におけると思ったんだろう。それと、力を試したかったこともあるかもしれない。生まれ変わった光の巫女が、どれだけ力を蓄えているか、確認したかったのだろう。だから、魔王を倒しても何も言わなかったんだ」
そうなると千花はノーズだった頃のイシュガルドに言われたことが理解できる。
フリージリアに行って魔王を倒せと言われたのは、自分の実力を測りたかっただけなのかもしれない。
それで千花が苦しい思いをしたのも、全て思惑通りだとすれば、怒りが湧いてくる。
「ねえおじいさん、私どうしたらいいの? 私、あの時イシュガルドに会って、何もできなかった。でも、このまま魔神の言いなりになるなんて絶対嫌だ」
「その心意気さえあれば君は抵抗することができる。でも、抵抗するだけではまたイシュガルドを怒らせるだけだろう。そうすれば、再び聖悪戦争が起こされ、多数の命が奪われることになる」
「そんなの絶対させない!」
救える命は救う。
千花の理念に基づいて、イシュガルドに命を奪わせることはあってはならない。
「だから千花、光の巫女と対話をするんだ。愛川梨沙が持っていたこの魂は光の巫女様の感情や記憶が眠っている。この魂と君の持つ魂を融合させて、光の巫女様と話をしておいで。光の巫女様が、本当はどうしたいのか、君になら理解ができるはずだ」
グレイは言いながら梨沙が持っていたであろう魂の半分を千花へと手渡す。
千花がその魂を受け取ると、吸い込まれるように千花の体内へと入っていった。
「っ!」
体の中に入った途端、千花は膨大な情報量に目眩を覚える。
それは、900年以上前の、光の巫女が実際に見た記憶だろう。
光の巫女が生まれたことを喜ぶ者達。
フィリアスからリースへ移り、喜びを分かり合う者達。
命を尊び、世界の平和を歓び、祈りを捧げる人間に光の巫女は慈しみを向けていた。
そして、最後には。
『どうして、どうして私のせいで』
千花はそこで膝をついた。
あまりにも大きい感情に千花の魂がついていけなくなったのだ。
「おじいさん、光の巫女は……本当の、光の巫女は」
「そうだ。光の巫女様は眠っているのではない。絶望に立たされて、自分を見失ってしまっている。だからこそ、イシュガルドを説得するにはまず光の巫女様を光へ導かなければならない。それは、君にしかできないことなんだ」
光の巫女の魂と対話できる唯一の存在、田上千花。
その希望を託されて、千花はプレッシャーに押し潰されそうになりながらもぐっと力を入れて立ち上がる。
「おじいさん、私、世界を救ってみせる。ここまで来たんだもの。絶対に、イシュガルドに負けない力を持つ」
千花の強い意思にグレイは優しく、悲しい微笑を称える。
「ああ、千花。君にばかり何もかもを任せてしまい私は心が痛い。だが、できないことを嘆いても仕方がない。私は、いつだって君を見守っているよ」
そう言うと、グレイの体が透け始めた。
フレイマーでも体が消えかかっていたが、前回とは違う、今度こそ本当の別れなのだろう。
「おじいさん、私のこと見守っていてくれてありがとう。もう大丈夫。私には、仲間がいるから」
千花がぐっと拳を握りしめる。
その瞬間、千花の心臓部分が淡く光り出した。
「千花、どうかこの世界を救っておくれ。私が成し遂げられなかった光の巫女様の絶望を、どうか、救って……ほしい」
グレイの姿が見えなくなると共に草原に強い風が吹き抜ける。
千花は飛ばされないように足を強く踏み、グレイの最期を見届けた。
「さようなら、おじいさん」
千花は目を瞑り、その場に倒れた。