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光の巫女  作者: 雪桃
第10章 フレイマー
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光の巫女ではない私

 機関に戻った後も千花は話す状態にはなれず、興人が邦彦とシモンに説明することになった。


「……というわけで、竜人側が田上と魔王はグルだと勘違いをし、暴動が起きたということです」

「まぁた面倒なことになったな。魔王退治だけのために来たつもりなのによ」

「田上の中では、魔神復活が相当なプレッシャーになっているようです。魔王を束ねる魔神イシュガルドに、手も足も出ないまま、また世界を滅ぼす元凶になるのではないかと」

「それで魔力が暴走したわけか。気持ちはわからなくないが、これじゃあ竜人を説得するのは難しそうだな」


 興人とシモンが会話を繰り広げる中で、邦彦だけが何かを考えている素振りを見せる。

 それに気づいた興人は邦彦に焦点を当てた。


「安城先生? 何か思い当たることでもありますか」

「ああいえ、少し田上さんと話がしたいのです。2人はこのまま待機していただいてよろしいですか」

「田上と話すなら俺も行きますよ」

「いいえ大丈夫です。君も、急に王族の血筋を引いていると言われて連れ去られ、魔王に会ったり重責を押しつけられたり色々と疲弊しているでしょう。今は休んでいてください」


 邦彦の言葉に興人はうっと声を詰まらせる。

 確かに邦彦の言う通り、今の興人は情報量の多さから王族であることを受け入れられていない部分も多くある。

 ここは指示に従って少し休息を摂り、情報を精査する時間が必要だろう。


「お前が王族ねえ」

「シモンさん、複雑ですか?」

「いいや、俺は王族は嫌いだが、お前は庶民の生活に慣れた人間……いや竜人か。今更態度を変えたりしねえよ」


 2人の会話を聞き流しながら邦彦は千花のいる部屋へと向かう。

 マーサに鎮静剤を打ってもらった千花は今頃自室で落ち込んでいることだろう。

 彼女も、色々なことがあったから。


「田上さん、失礼します。今お話してもいいでしょうか?」


 邦彦は千花の部屋の扉をノックし、努めて優しく声をかける。

 返事はないが、その代わりゆっくりと扉が開いた。

 中は電気が点いていないのか薄暗く、千花の顔色は悪かった。

 鎮静剤を打って眠っていた時に悪夢でも見たのだろうか。


「安城先生、助けてください」


 開口一番消え入りそうな声で呟いた千花に邦彦は何も言わずに中へ入る。


「私、竜人を攻撃しました。助けなきゃいけない竜人に怒りをぶつけて魔法で攻撃して、これじゃあ本当に悪魔と一緒じゃないですか」


 千花が魔王に言われたことは粗方興人から聞いている。

 世界樹を凍りつかせる原因になったこと。魔王を倒せば魔神が復活し、千花は対抗しなければならないこと。そして──。


「田上さんが今一番苦しんでいるのは、光の巫女のことでしょう」


 ベッドに腰かけさせた千花の肩がびくっと震える。

 何も応えないかと思いきや、黙って待っていると千花の目からゆっくりと涙が頬を伝っていった。


「わ、私、光の巫女はこの世界の守り神だって聞いてたんですよ。悪魔に立ち向かって、人々を闇から救った神様だって。それが、イリートは」

 

『聖悪戦争を引き起こし、悪魔を、リースの種族を殺したのは光の巫女ではないか』


「最初は私を惑わすための嘘だと思いました。でも心の中の巫女がそうだって言ってるんです。なんで戦争を引き起こしたのかはわからないけど、皆勘違いしてる。私は、光の巫女は救世主なんかじゃない。悪魔なんです。本当は魔王と一緒に、光の巫女(わたし)も倒されるべき存在なんですっ」


 しゃくりあげながら胸の内を吐露する千花に邦彦はしばらく何も言わずに彼女の心を落ち着かせる。

 恐らくどれだけ慰めの言葉を彼女に向けたとしてもそれは気休めにしかならず、千花の中に眠る光の巫女の意識は一生罪を負ったままだろう。


「田上さん、お話してもいいですか?」


 邦彦が静かに話しかけると、千花は顔を覆いながらこくりと頷いた。


「ありがとうございます。順番に話していきますね」


 邦彦は千花の隣に腰かけ、背中を擦りながら話し始める。


「順を追って話しましょう。まずあなたが竜人にしてしまったこと。あれは取り乱したとは言え、行ってはならない行為でした。あなたの苦しみを知れるのはあなた自身であって、また同時に竜人も苦しんでいます。それがぶつかってしまえば、魔王の手の内で回されているようなものです」


 千花が頷く。

 第三者から口にしてもらい、納得しているのだろう。


「魔神と戦うことについては確かにあなたの力が必要です。ですが、前にも言った通り1人で抱え込まないでください。魔神は人間1人が立ち向かって勝てるものではない。国が1つとなってようやく倒せるものなのです」

「……光の巫女の魂もないのに、どうやって?」

「どこで魔神が聞いているかわからないので機密事項にしていますが、必ずあなたのお役に立てるようにします。だから、あなたが全て背負い込む必要はありません」


 機密事項だと言われてしまえば千花もそれ以上言及はできない。

 気になる気持ちを抑えて邦彦の言葉を待つ。


「最後にあなたは自分を悪魔だと呼んだ。でも僕はそう思いません」

「なんでっ」

「だってあなたは、国を救っているではありませんか。今まで魔王を倒してきた後、その国の人達はなんと言っていましたか? 邪魔をするなと、悪魔だと言っていましたか?」

「それは、光の巫女の本性を知らなかったから」

「僕も知りません。未だに、何が真実で、何を倒すべきなのか、何もわかりません。ただ1つ、言えることは、()()()田上さんが死ぬことこそ、僕はこの世界の破滅だと思っています」


 何を言われているかわからない千花が首を傾げている間にも、邦彦は言葉を続ける。


「シモンさんにも言われたでしょう。あなたは光の巫女である前に1人の人間です。そして、苦しくても、辛くても戦い続けた人間が田上さんです。ウェンザーズ、バスラ、ウォシュレイ、フリージリア、リフレシア……全部、あなたが救ったんです。光の巫女ではなく、巫女の力を持つ人間であるあなたが。その感謝は、今も尚受け継がれていることでしょう。だから、あなたは悪魔ではない。悪魔だったとしても、あなたは闇に染まらずに、戦い抜いてきた。その勲章は、今も残っているでしょう」

「光の巫女じゃない、私が?」


 千花は邦彦の言葉を反芻する。

 考えたこともなかった。

 自分は光の巫女として生きてきて、人間のまま光の巫女になることを目指してきて、いつしかまた人間を捨てようとしていたことに。


「田上さん、あなたが悪魔になってしまうというのなら。また戦争を引き起こそうと言うのなら、僕達が全力で阻止します。魔神に取り込まれないようにあなたをお守りします。だから田上さん、どうか」


 このまま一緒に、悪魔を退けていきましょう。


 千花の止まっていた涙がまたあふれ出してきた。

 光の巫女が魔神よりも人間を殺してきたことは覆せず、その理由も未だにわからない。

 だがそれは今の千花には関係なく、彼女がやるべきことはこの世界に安寧をもたらすことだけなのだ。


「安城先生」

「なんでしょう」

「私、またフレイマーに行きたい。今度は、今度こそ、魔王を倒して、竜人を救いたい」


 千花は決意を胸に邦彦に伝えた。

 邦彦も1つ頷き、立ち上がると千花の目の前に跪いた。


「いくらでもお供いたします。一緒に、フレイマーを救いましょう」


 邦彦が差し出した手を、千花は強く握り返した。

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