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光の巫女  作者: 雪桃
第10章 フレイマー
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半年前に起きた事件

 マーズと名乗る竜人から話を聞けたのはその翌日だった。

 邦彦が先にシルヴィーに伝言を残した結果、彼女も話を聞きたいということで次の日に持ち越しになったのだ。

 マーズからは相当怒りを込めた雑言を受けたが、興人の名を出すと大人しくなった。

 やはり王族のことになると引っ込まざるを得ないようだ。

 そして現在謁見の間には千花、邦彦、シルヴィー、そしてマーズが立っていた──シモンは身分としても会う立場ではないとギルドで待機している。


「お初にお目にかかる、トロイメア女王陛下よ。我はフレイマーの王ラヴァーを補佐する三賢竜が1人、マーズである」


 いくら人間を下等評価していようとも王族には敬意を払えと命じられているのだろう。

 マーズは人間の敬意の表し方を真似ており、千花はその優雅さに目を奪われる。


(私達にも同じように接してくれればいいのになあ)


 千花がそう思っていると邦彦と目が合い、しーと人差し指を立てられる。

 声に出していなくても顔に出ていたらしい。


「して、竜人マーズよ。先刻申した通り、お前達の国フレイマーで起きている惨事と少年……お前達の言う王子を連れて行った経緯を聞かせてもらえるだろうか」

「はっ。まずは3年前……いえ、もう4年前になります。イリ―トと名乗る魔王がフレイマーに降り立ちました。しかしこの3年半は何も起きておりませんでした」

「何?」


 今までのウェンザーズを始めとした七大国は全て3年間魔王の支配下に負われ苦しんでいたというのに、フレイマーは国交が断絶されてすらいなかったということだ。

 トロイメアが今まで心配していたことは何だったのか、千花も拍子抜けした表情になってしまう。


「3年半、魔王は何をしていたというのだ」

「ラヴァー王の体を乗っ取ったことは確かです。ですがそれだけでした。政治も行わず、ましてや竜人族を襲うことはない……温厚な魔王でした」

「温厚?」

「魔王本人が争いは好まない。安住の地さえあれば吾輩はそれでいいとのたまい、防御の陣を固めて城の一角を根城にしてしまいました」


 千花は信じられないと言った面持ちでマーズを見た。

 今までウェンザーズを始めとした魔王はその国を支配することを目的とし、国民を恐怖で陥れてきた者ばかりだ。

 根城さえあれば何もしないなどと言う魔王は初めて聞く。


「その間、竜人は何もしなかったのか?」

「滅相もない。我らがラヴァー王の体を乗っ取った魔王を許さない竜人族が結託し魔王を討ち倒さんと何度も攻撃に向かった。だがイリートは防御力に秀でた魔王らしくこの3年、誰も魔王の壁を突破できる者はいなかった。そして魔王がラヴァー王を乗っ取って3年、日和見主義の竜人から次々に戦いを抜けていった。これ以上不毛に魔力を使うくらいならラヴァー王1人を犠牲にして魔王を移住させてもいいのではとっ」


 マーズの最後の言葉には悔しさが滲み出ていた。

 ラヴァー王の側近として生きてきて、「仕方ない」で済ましてきた同じ竜人族の者達が許せなかったのだろう。


「我々三賢竜はそれでも諦めなかった。皆がいなくなっても尚魔王を説得し、壁を壊そうと魔法を当て、ラヴァー王を取り戻そうとした。そんな矢先、半年前のあの事件が起きたのです」

「事件?」

「女王陛下、あなたもご存知でしょう。魔王による世界樹が凍り付いたあの大災害を」


 千花はひゅっと呼吸ができなくなった。

 忘れたくもない、千花の失態で世界を滅亡に追い込んだゼーラとの戦いである。


「竜人族も例に漏れず被害を被りました。我々が魔力を失い攻撃の手が止まったことに魔王も気づき、何かを考えた後にこうのたまったのです」


『そうか、魔力を奪えば争いはなくなるのか、と』


「世界樹は1週間も満たずに戻りました。しかし竜人に待ち受けていたのは魔王からの洗礼です。毎日魔王の洗脳により城に連れていかれ魔力を吸われる日々。魔力を失くしたくらいで竜人は死にませんが、生活は不便になります。魔王を倒そうにも魔力がなければ魔法も使えず、怒りや憎しみが溜まった竜人はお互いをストレスの捌け口とし、それぞれ喧嘩や諍いが収まらなくなりました。そんな竜人を見て、魔王は関係なさそうに魔力を吸うばかりです」


 千花は立っていることがやっとだった。

 世界樹での一件はあれで終わりだと思っていたにもかかわらず、魔王に支配されていても平和だったフレイマーを更に不幸にしてしまったのだった。


(これも、私の責任)


 マーズは今千花がその原因を起こしたことを知らない。

 だが知ればどうなるだろうか。

 自国を混乱に起こした巫女を許すはずがない。


「我ら三賢竜は急ぎ王子を探しに出ていたためまだ被害には遭っていません。ですがフレイマーが共に潰し合い、自滅するのは時間の問題です。だからこそ王子の力が必要なのです。魔王の力とは言えその魔力源はラヴァー王。ご子息である王子であれば防御の壁を壊し、魔王の魂を破壊することができると考えたのです」


 マーズの説明はそこで終わった。

 シルヴィーはしばらく考えた後1つ頷いた。


「状況の説明感謝する。それでは今より騎士団の増援を送って……」

「それはなりません。今でこそ王族のあなた様に敬意を表していますが、竜人族は人間を嫌っております。特に世界樹の一件は人間が深く関わっていると聞いている。もしフレイマーに多数の人間が出入りすると聞けば、竜人族との戦争が考えられます」

「うっ」


 マーズがなぜあそこまで自分達に風当たりが強いのかよくわかった。

 千花は罪悪感で胸が押し潰されそうになる中、何とか邦彦によって体勢を保てている。


「だが魔力が枯渇している竜人族で王子だけが戦うことは不利になるだろう。我ら人間も何人か手助けに行かなければとここに来たのだろう」

「いえ、欲しいのはここにいる女だけであります。王子が魔王を倒すにはこの女が必要不可欠だと仰いましたので」


 千花は名指しされ、一斉にこちらに視線が向く様子に声を詰まらせる。

 今の話からシルヴィーもフレイマーの原因が千花にあることはわかっているだろう。


「他の増援は」

「なりません。王子の命令であれば聞きますが、私も本当は人間の力など借りたくないのです」


 酷い言いようにシルヴィーの頬が引きつるが、マーズは気にしていない様子だった。

 シルヴィーは邦彦としばし目配せをし、1つ溜息を吐くと立ち上がりマーズに命令した。


「良かろう。その少女をフレイマーに同行させること、許可する。しかし条件がある」

「条件?」

「1つ、必ず王子とその少女を会わせよ。身分が違うからと別行動させるのは危険が伴う。いいな?」

「……やむを得ないか」

「もう1つ、その少女を無事にトロイメアへ連れ帰ること。今言った通りその娘は魔王討伐に必要不可欠な人間である。王子同様、とまでいかないにしても丁重に扱い、フレイマーで迫害に遭わないようにしてやってくれ。いいな?」

「それに関しては了承しかねます。どれだけフードで隠していても混乱したフレイマーでは誰もが敵です。人間とわかれば我らの守護を持ったとしても攻撃は免れないかと」

「それなら私にお任せください。人間だと気づかれないよう薬で竜人化させましょう」


 邦彦が手に持っているのはライラックから調合してもらったものだろう。

 竜人化するということは千花に鱗が生えるということか。


「偽造は気に食わないが、致し方ない。我々の任務はあくまでその女を連れて帰ることであって」


 マーズが何やらごにょごにょと言い訳めいたことを述べているが、その間に邦彦は千花に薬を飲ませる。


「半日は竜人化が解けないように構造されています。あなたを1人にさせないと約束しておきながらこのような事態に巻き込んでしまい申し訳ありません。ご武運を祈っております」


 邦彦から薬を受け取った千花はすぐに薬を1錠飲む。

 すると腕から顔の左半分が黄色い鱗に覆われた。


「女王陛下、行ってきます。最後の魔王を倒しに」

「ああ。私の加護がついている。何かあった時にはすぐに助けを求めろ」

「承知致しました」


 千花はぐっと拳を握り謁見の間を後にした。

 自分が起こした失態は自分で拭い、同時に竜人族の魔力を取り戻す。

 そのために千花は、フレイマーへと乗り込んだ。

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