1カ月が経ち
日中は学校で勉学に努め、16時になったら降霊術のために5時間瞑想をすること1カ月。
全くギルド内で訓練ができなかった千花だが、その代わり成果はすぐに出た。
「それではお聞きします。あなたの死因はなんだったのですか」
「我は猛獣の群れにいた。家族を逃がすために1人立ち向かい、最後には食われて命を失ったのだ」
ネクロの問いに千花はいつもより低い声で答える。
その答えは千花自身から出たものではなく、千花が術を使ってその体に霊魂を宿したものだった。
「そうですか。それはご愁傷様でしたね。ではあなた様を鎮魂いたしましょう」
そう言うとネクロは手で陣を展開し、千花の顔に当てると呪文を唱える。
呪文を唱え終わったネクロに千花は目を閉じ、再び瞼を開けた時には汗が迸る程流れた。
「はあ……はあ……」
「お疲れさまでしたチカ様。初めてにしてはよくできていたと思いますよ」
1カ月間耐えに耐え抜いた瞑想の時間がようやく終わったと思えばネクロが持ってきた魂に体を貸すよう命じられたのだ。
何度も深呼吸を繰り返し、波長が合った時に1分間だけ体を貸すことができた。それも汗だくになりながら。
「こんなことで光の巫女様と魂が通じるんですか?」
これで初歩的だと言われてしまった千花はとても不安になりネクロに問うが、彼女は首を傾げて答えた。
「どうでしょうね。私も60年間心を通わせ続けておりますが、巫女様が目覚めたことはありません」
「60……!? あの、ネクロさんって今おいくつで……」
「女性に年齢を聞くのは失礼にあたりますよ」
ネクロに注意され、千花は口を噤みながらも考える。
60年修行を積んできたネクロでさえ光の巫女の魂を1年も満たない千花が呼び寄せられるとは思えない。
千花が心配しているとネクロが感情を読み取ったのか声をかけてくる。
「あなたは私とは違います。光の巫女様のみが使うことのできる浄化をあなたは簡単に行っている。あなたこそ波長が合えば巫女様の魂を呼び寄せることができるでしょう」
「頑張ります。魔神を倒すために」
「その前にもう1体の魔王討伐ではありませんか?」
ネクロから言われ、千花は我に返る。
ずっと来る魔神との戦いのために降霊術を学んできていたが、確かに魔王は5体いる。
この1年のうちに既に4体の魔王を倒すことができているが、ゼーラの一件があって魔王は徐々に強さを増している。
残り1体の魔王は果たしてどのような能力を持ち、どのような力を持っているのだろうか。
「ネクロさんは、最後の魔王の正体を知っていますか?」
「私はあくまで降霊術を専門とする者です。魔王の正体など知りません」
それは確かにそうだな、と千花が落胆した矢先、ネクロは「でも」と言葉を続ける。
「魔王が乗っ取っている国については知っております。竜人が住まう国、七大国が1つ、フレイマーというここから北東にある国でございます」
「竜人? 獣人とは違うんですか?」
その名の通り竜と人の形を模した国民がいるのだろうということは想像がつく千花だが、ウェンザーズの獣人族と何が違うのかがわからない。
「竜はそこらの獣と格が違う生き物です。気位が高く、高潔な血を持った人間のみが竜と混じ合い子孫を繁栄してきました。トロイメアの人間でさえ、高尚な身分の者しか国境に立ち入ってはならないと言われている程でございます」
「そんな所に魔王が乗っ取りにいったんですか?」
千花はまた不安に陥る。
気位が高いということは竜人族はきっとプライドも高いだろう。
そのような場所に光の巫女候補者とは言えただの人間である千花が出入りしていると知られれば追い出される覚悟はしておかなければならない。
「私にはここであなた様に降霊術を教える他ありません。他に気になることがあるのでしたらどうぞ教員である者にお頼みくださいませ」
「そうします。今日はここまでですか?」
「本来は後3人程その体に魂を入れて慣らしていきたいところではありますが、そこまで疲労を溜めたあなた様に無理を強いては後程嫌味を言われるのです。本当に過保護で魔王討伐ができていることを疑いたくなりますが、大人しく指示には従っておきましょう」
いちいちネクロという女はチクチクした言葉を千花に吐いてくるが、今にも寝落ちしてしまいそうな程疲れている千花にとってはありがたい配慮だ。
千花はいつも通りネクロに感謝の礼を述べるとそのまま霊地の間を出た。
今日は日曜日ということで学校がない。
夜明けから半日降霊術の特訓をしても、まだ門限まで2時間ある。
(……辛いけど、ギルドで少し体を動かそうかな)
今まで散々体を動かして特訓してきた千花にとってただじっと座りながら訓練をすることは割とストレスがかかる。
疲れていても発散にギルドの訓練場で興人と模擬戦闘を行うのは良いストレス発散になるのだ。
(興人、多分まだいるよね。今からでも戦闘を申し込もう)
千花は時間がもったいないとばかりに早足で城内を抜け、ギルドへと急いだ。
最終話まで書けたので次回から毎日投稿になります。