太陽の浄化
興人は終わりのない木々からの攻撃に肩で息をしていた。
森の向こう側で爆発音があったが、あれはどちらの攻撃だったのか。
邦彦は千花の所まで行けたのか。
考えることはたくさんあるが、興人にはそれを確かめる術はない。
できることは魔法なしでただひらすら剣を振り下ろすことばかりだった。
「体力はまだある。俺はここで死ぬ気はないから覚悟しろ、ゼーラ。絶対に勝ってこい、田上」
興人は流れる汗と血を拭い、武者震いのように笑った。
邦彦に大きなダメージを負わせたゼーラは千花に向き直り、いつの間に奪ったのか邦彦の拳銃を使って千花の足を撃った。
「うあぁ!!」
痛みに声を出す千花をゼーラは醜悪な笑みで応える。
その顔は小さな子どもをいたぶる魔王そのものだった。
「あら、弾はこれで最後ですの? 身動きが取れなくなってからと考えていましたが、これで十分ですわね」
ゼーラは拳銃をその場に捨て、千花の目の前に座り込み顎を掴む。
「どうですか巫女様。こんな近くにいるのにあなたは何もできないのです。こんな絶望、味わったことはないでしょう」
ゼーラの笑いに千花は悔しそうに歯を食いしばる。
そんな彼女を更に嘲るようにゼーラは邦彦の方を見る。
「今からあなたの目の前にあの男を連れてきましょう。何もできずにお仲間が死んでいく様子をとくとご覧くださいませ」
「や、めて」
そう言うとゼーラは千花の目の前で跪いている邦彦の元へ向かった。
短剣で反撃しようとする邦彦を手で制止すると、ゼーラは氷の蔓で邦彦の首を絞めた。
「人間は簡単に死んでしまうでしょう。だから、まずは矢で穴を開けてしまいましょうね」
そう言うとゼーラは氷の矢を10本顕現させ、邦彦に襲いかからせる。
「ぐっ!」
矢は全て邦彦の体に突き刺さる。
腕に、手に、足に、腿に、腹に、ブスブスと音を立てながら氷の矢は邦彦の体を貫通していく。
「今度は首を絞めましょう。死なないでくださいね。まだまだ拷問は足りませんので」
今度は蔓の力を強め、ゼーラは邦彦の首を絞め上げていく。
鈍い声を出して苦しむ邦彦に千花は涙をボロボロ零す。
「やめて。お願いだからやめて、ゼーラ」
千花の願いも聞かずにゼーラは更に拷問を続けていく。
凍った花びらで邦彦の体を斬り刻み、氷柱で体を殴り、吹雪で体を凍らせていく。
「あははははは!! なんて楽しいんでしょう! こんなおもちゃがあったなんて私、知りませんでしたわ」
ゼーラの楽しそうで下卑た声を聞きながら千花は右腕を伸ばす。
そんなことをしても邦彦を救うことはできないのに、千花はただただ腕を伸ばそうとする。
「おねがい、だれか、神様……」」
なぜこんなにまで苦しまなければならないのか。
なぜあの時、誰にも相談せずにフリージリアへ行ってしまったのか。
全部、全部後悔しても、もう遅い。
このままでは邦彦は、死んでしまう。
「はあ。でももう飽きましたわ。あなた、悲鳴1つ零さないんですもの。このまま心臓に氷を突き刺してあげましょう」
(やめて、やめて、やめて)
「さようなら、何もできなかった騎士様」
(もうこれ以上私から奪わないで)
ゼーラは大きな氷柱を用意すると、片手でそれを持ち、邦彦に向かって振り上げる。
「やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
千花が声がはちきれんばかりに叫んだ瞬間だった。
「!?」
ゼーラの持つ氷柱が一瞬にして溶けた。
「何が起き、たんですの……」
ゼーラは千花の方を振り向く。
そして驚愕に目を見開いた。
千花は光の球体に飲み込まれていたのだ。
千花は痛みを感じなくなり、目の前にいる老人を呆然と見上げた。
「おじ、いさん」
『千花、よく頑張ったね。もう心配はいらない』
その言葉に千花は我に返る。
早く戻らなければと白髪の老人に懇願する。
「お願いおじいさん! このままじゃ安城先生が死んじゃう。助けて。助けて!」
「落ち着きなさい。答えはもう出ているよ。後は自分の魔法を信じなさい。君は、あの悪魔に負けないよ。絶対に」
行っておいでと肩を押され、千花は地上に降ろされる。
その途端、目の前にはゼーラが立っていた。
「あなた、何をしたんですの」
憎悪を込めて千花を睨むゼーラに怖気づくが、その体に痛みはなかった。
魔力も既に戻っている。
(私、私は光の巫女。怖がることはない。悪魔になんて、負けない)
力強い意志を持ち、千花は1つ大きく深呼吸をすると魔法杖を捨て、両手を組んだ。
「あら、降参ですの。それなら、大人しく死んでくださいまし!」
ゼーラは氷の剣を握りしめ千花に向かって走っていく。
千花はゆっくりと瞼を開き、剣を片手で受け止める。
「なっ。どこにそんな力が」
驚き、次の行動まで時間がかかったゼーラより前に千花は彼女の心臓に手を置く。
不思議と恐怖はなかった。
ただ1つ、こうしなさいと誰かが教えてくれた。
その言葉は──。
「太陽の浄化」
その呪文を唱えた瞬間氷漬けにされていた世界が一気に暖かさを取り戻した。
世界樹の氷が溶けだし、それを皮切りに森全体の氷が溶けだした。
そして。
「なんですの!? なぜ体が!!」
ゼーラもまた体が壊れ始めていった。
氷で出来たゼーラもまた、光の巫女の太陽によって溶かされていっているのだ。
「許さない! 光の巫女! お前だけは道連れに……っ」
「ゼーラ、私もあなたが許せない。だから、そのままおじいさんの元で浄化されていって」
千花は最後に両手をゼーラに合わせると、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「イミルエルド!!」
呪文を唱えた瞬間、ゼーラの中からカラスのような黒い魂が抜け出ていく。
魂は千花に向かって襲いかかろうとするが、千花は怖がることなくその魂を受けとめた。
「氷漬けは、もうおしまい」
千花がそう言った瞬間、魂は白く光っていき、天へと昇っていった。