世界樹での戦い
「雷炎!」
千花は雷を纏った炎をゼーラに向かって発射する。
ゼーラは氷の盾を作りはじき返すと、周囲を炎に包んでいく。
「ご安心くださいな。私の氷は、簡単には溶けません。存分に力を奮ってくださいませ」
そう言うとゼーラは自分の番とばかりに魔法陣を展開させる。
「降り落つ氷柱」
魔法陣は二又に、三又に分かれ、そこから鋭利な氷柱が創造される。
氷柱は千花目がけて素早く発射される。
(よく見て。絶対に急所は避けて)
「ウィンドスラッシュ!」
千花は目の前に現れる氷柱を魔法で1つずつ破壊していく。
数が多いだけに集中していないとすぐに体を貫かれそうになる恐怖を覚えながら、必死に壊していく千花にゼーラは感心を寄せているようだった。
「流石ですわ巫女様。怖がりながらも人々のために立ち上がる姿、素敵です」
でも、とゼーラは片手で更に魔法陣を繰り出し天候を操る。
「ブリザード」
ゼーラが呪文を唱えた瞬間周囲に吹雪が舞う。
視界が遮られる中、千花は接近するまで見えなくなった氷柱に苦戦を強いられる。
(近づいてくる氷柱を砕いているだけじゃ何も進展しない。一気に蹴散らさないと)
「渦潮!」
千花が床に魔法陣を描くと、そこから渦を描いた海水が氷柱を薙ぎ払っていく。
この魔法を使うと魔力を多く持っていかれるが、おかげで吹雪も収まった。
形勢逆転、と思われたその時だった。
「隙ありですわ、巫女様」
千花は腹部に強烈な痛みを感じた。
下を見ると、氷で出来た矢が千花の腹を突き刺していく。
「げほっ」
自覚した瞬間、千花の口から耐えられなくなった血液が吐き出された。
激痛に立つことができない。
「可哀想な巫女様」
ゼーラは揶揄するように笑いながら氷の矢を更に千花に放ってくる。
矢は千花の肩を刺し、足を刺し、腕を刺してくる。
「うぐっ!」
拷問とも思えるその攻撃に千花は早く終わってほしいと願ってしまう。
利き腕を刺されたことで魔法杖を握る手の握力もなくなっていく。
「降参されますか?」
そう言いながらゼーラは一際大きい氷柱を千花に見せつけてくる。
(降参は、しない)
千花は激痛が走る腕を上げ、魔法杖を掲げる。
岩を形成し、壁を作ると防御の体勢に入る。
「あら、まだやる気ですか? その気概は買いますが、どうぞ耐えてみせてくださいね」
ゼーラはそう言うと氷柱を勢いよく振り下ろした。
千花はその強い衝撃に目眩を覚えながらも膝で体を支えながら踏ん張る。
(絶対、絶対、負けない!)
千花の思いとは裏腹に岩壁は段々形を保てなくなり、氷柱によってヒビが入る。
バキバキと音が鳴り、千花のすぐ目の前で石が落ちる。
「うぅ……」
上から降ってくる小石が額に当たり、血が顔を伝っていく。
腕の力ももう限界だ。
「終わりにしましょう。巫女様」
ゼーラは氷柱の勢いを強め、千花を追い詰めていく。
千花は意識が朦朧とし、杖が降りていく。
(もう、だめ)
千花の力がガクっと落ち、岩壁を氷柱が突き破るその寸前だった。
「パンッ」と音がしたかと思うと、氷柱が真っ二つに割れた。
「あら……っ!?」
ゼーラが割れた氷柱に驚いていると、その体に銃弾が3発撃ち込まれた。
心臓ギリギリに銃を撃ち込まれたからか、悪魔であるゼーラもよろめいている。
「田上さん!」
「安城先生……」
岩壁が壊れ、肩で息をする千花を素早く抱え、邦彦はゼーラから距離を取る。
邦彦はそのまま千花の背を木にもたれかけさせると、拳銃と短剣を手にゼーラに向き直った。
「安城先生、待って……」
まさか単独でゼーラに立ち向かう気なのかと千花が魔法杖を握るが、邦彦はそれを制止する。
「大丈夫です。あなたを死なせる気はありませんから」
邦彦はそう言うと、ゼーラに近づく。
ゼーラは邪魔が入ったことに酷く怒りを抱いているようだった。
「とんだ邪魔者が入ったようですわね。魔法も使えないあなたが私にどう勝つと?」
「御託はいらない。この世界のために、死ね」
邦彦も千花を傷つけられたことに酷く怒りを覚えているようで、口調が荒くなる。
そんな彼をゼーラは馬鹿にしたように笑い、氷の剣を作って構える。
「魔法なしで魔王に立ち向かうその愚かさ、身を持って体験させてあげますわ」
ゼーラは心臓に銃弾が残っているにもかかわらず地を蹴るとそのまま邦彦に振りかぶる。
邦彦は短剣で氷の剣を受けとめるとゼーラの顔目がけて銃を放つ。
ゼーラは間一髪のところで銃からの攻撃を避け、空いている方の手で魔法陣を展開させる。
「凍てつく花弁」
ゼーラを中心に凍り付いて鋭利になった花びらが邦彦を襲う。
邦彦は地を蹴り後ろに飛びずさりながら花びらの攻撃を全て避けた。
「こんなもので余裕ぶらないでくださいませ。まだまだ遊び足りないんですのよ」
ゼーラは再び氷柱を顕現させると、邦彦目がけて振り下ろした。
銃弾では壊せそうにないその数に、邦彦は周囲を飛んで避けるしかない。
(どうしよう。安城先生が死んじゃう前に戻らないと)
「うっ、ああ!!」
千花は自分に刺さっている氷の矢を引き抜く。
激痛に襲われるが、邦彦が死ぬことよりかはマシだと言い聞かせて3本全て抜いた。
(今ゼーラは安城先生に意識を向けている。今なら)
千花は震える足を叱咤し立ち上がると、魔法陣をゼーラに向けて呪文を唱える。
「ウィンドエコグラフィー!!」
風と共に超音波が流れ出し、油断しているゼーラを撃つ。
ゼーラは突然の衝撃に体勢を崩し、その場に膝をつく。
「爆発!」
その隙を見て千花は更にゼーラの下に魔法陣を作り爆発させる。
黒煙と炎を纏った爆発はゼーラの片腕を吹き飛ばした強力な魔法だ。
ゼロ距離で攻撃を受けたゼーラの体は重傷を負っただろう。
千花が「やった」と喜びそうになったのも束の間、邦彦が叫びながらこちらへ向かってきている。
「安城先生?」
「田上さん、避けて!!」
邦彦の指示に従う前に千花は見た。
ゼーラが、愉悦をもって醜くこちらを笑いながら呪文を唱える姿を。
「ごふっ」
その姿と共に、千花は後ろから何かに体を床に押さえつけられた。
その正体は、巨大な氷の塊だった。
あまりの重さに骨が折れたのではないかと思うくらい身動きが取れない。
邦彦が駆け寄って千花を救い出そうとするが、彼女の瞳にはある者が映っていた。
それは、邦彦に魔法陣を展開させるゼーラの姿だった。
「あん、じょうせんせ、逃げて」
千花が指示を出す前に、邦彦はゼーラによって吹き飛ばされていた。
「なんて楽しいことをしてくださるのでしょうか巫女様は。でももうおしまいにしましょう。とびきりの絶望を持って、終わりにしてさしあげますわ」
血まみれになったゼーラはそれでも余裕を持って、千花に笑いかけていた。