リフレシアへ
リフレシアまでは徒歩で行くことになった。
トロイメアとは東の林道を歩き続けると辿り着くリフレシアだが、国と国を渡る道は平坦なものではなく、世界樹が見えるまでに3日はかかった。
その間にあった村に滞在させてもらった千花達だが、そこでも混乱は続いており、魔法が使えないことで職を失うはめになった者、食料の備蓄を切り崩しながら家族を支える者、焦りが怒りに変わり、喧嘩が絶えない者もいた。
「ここでは田上さんが魔法を使えることは伏せましょう。標的があなたに移るだけです」
あまりの過酷さに千花が魔法で手助けしようとした時には邦彦に止められた。
今ここで千花が人々を救おうとしても、それは希望を抱かせるのではなくこの事態を引き起こした魔王の仲間だと認識されかねない。
千花は苦しみの元凶が自分であることに酷く後悔しながらも村を後にする日々が続いた。
そして旅を続けて5日後。
リフレシアの入口までたどり着いた。
世界樹の周りは森になっており、凍り付いていなければこの世界でもっとも多数の植物が生い茂っている国だという。
そしてその中心にある世界樹は、雲を超えそうな程に高く太い幹に支えられたリースの魔力源となっていた。今までは。
「田上さん、準備はいいですか」
「……はい」
世界樹を凍らせてしまった責任を千花は一身に負い、心臓が痛くなる。
そんな千花に追い打ちをかけるように少女の声が響いた。
『ごきげんよう巫女様』
「!」
突如として脳に響いたゼーラの声に千花は背筋が凍る思いを抱いた。
先を進んでいる邦彦と興人には聞こえていないらしい。
『封印を解いてくださりありがとうございます。お礼に、私の元までご招待しますわ』
「せんせ……っ!」
千花が邦彦に手を伸ばす前に魔法陣が彼女を包み込む。
千花の声に気づいた邦彦は急いで振り向きその現状に目を見開いた後彼女に手を伸ばそうとする。
「田上さん!」
千花と邦彦の指先が触れようとした瞬間、千花は瞬間移動のように魔法陣に吸収され姿を消した。
『お仲間にはここで死んでもらいましょう』
ゼーラの声が森中に響いたと思うと、凍り付いた木がまるで生き物のようにうねり始めた。
「既に悪魔の手の中というわけですか」
「先生、ここは俺に任せて行ってください」
戦う姿勢を見せる邦彦の前に立ち、興人は大剣を構える。
「日向君?」
「ここでいくらこの木々を倒したとしても終わりはない。それなら、田上を救いに行く方が早いです」
「ですがこの数をあなた1人で捌ききれるとは」
「やってみせます。絶対に死にません。田上をこれ以上追い詰める真似はしませんので、行ってください」
興人は氷柱を振り下ろしてきた木を斬り倒し、邦彦へ道を開ける。
その意思の強さに邦彦は拳銃を構えたまま、開かれた道へ視線を移した。
「よろしくお願いします。日向君」
走り出していった邦彦を見送り、興人は既に囲まれた状況でも怖じ気ることなく立ち向かう。
「負けるなよ田上」
千花は魔法陣から落とされ膝から崩れ落ちる。
転けた拍子に膝を擦り向き、じんじんとした痛みが千花を襲う。
「痛……」
「申し訳ございません。まだ力の制御が上手くできませんの」
千花の声に反応した少女に、全身の鳥肌が立つ。
目の前には凍り付いた世界樹があり、周囲は草花が生えていたであろう更地になった真ん中に、ゼーラは立っていた。
「ご無沙汰しておりますわ巫女様。改めましてお礼を申し上げます。お父様の封印を解いてくださりありがとうございます」
スカートをつまんで丁重に礼を述べるゼーラだが、千花には全て皮肉にしか聞こえない。
その証拠に、千花は今までの罪悪感で呼吸もままならない状態なのだから。
「なんで、こんなことするの」
「なんでとはなぜでしょう。私は悪魔ですわ。リースをこの手に収めることが目的ですもの。刃向かう者は皆、死を迎えるのみですわ」
千花はその考え方に尻込みする。
これこそが悪魔なのだ。
千花が倒してきた悪魔よりも更に強大な力を持ち、人々を圧倒する能力を抱いた、魔王がここにいた。
「今の私に遠慮するものはございません。お父様の魔力も受け継いだこの私に戦いを申し込むと言うのならば、ここであなたを心臓まで凍りつかせていただきます。さあ、どうされますか」
ここまで来て逃げる選択肢はないことはわかっている。
だが千花は恐怖で足を竦ませるしかない。
「そうですよね。怖くて仕方ないでしょう。でも、それじゃあ楽しくありません。さあ杖を取りなさい。この世界を救えるただ1人の巫女様」
(逃げたい。だめ。私は巫女。私は)
「巫女なの!」
千花は杖を取り、魔法陣を展開した。