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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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最悪の世界

 黒いカラスは建物をすり抜け、トロイメア王城内へ入っていく。

 行き先は城の中の奥深く、ゼーラが幽閉されている地下牢獄である。


「あら、お父様。そのような姿になってもお美しいですわね」

『ゼーラよ。よくやった。褒めてつかわす』

「まあ、嬉しいですわ。お父様、私はあなたのためならどこへだって行きますわ」


 看守がいないことをいいことにゼーラはカラスの形になったゼラオラと会話を広げる。


『それではゼーラ、作戦通りに』

「ええ、お父様の仰せのままに」


 そう言うとカラスの魂をゼーラは口に含み、ゴクリと音を立てて飲み込んだ。

 その瞬間、檻の中は凍り付き──否、牢獄全体が氷の城と化していった。


「さあ、行きましょうお父様。全ての生物を根絶やしに」


 ゼーラの腕は戻り、檻は簡単に破壊された。

 ゼーラの瞳は、真っ赤に燃え上がっていた。






「田上さん! しっかりしてください田上さん!」


 邦彦の声が聞こえる。

 千花が重たい目をゆっくりと開けると、目の前には心配そうな顔をしている邦彦がいた。


「安、城先生? 私、一体……いたっ」


 千花は起き上がろうとして全身が筋肉痛になったような痛みを覚える。

 体の後ろも全て冷たく、体が底冷えしそうだ。


「事情は後です。今は一刻も早く機関に戻りましょう。まずいことになりました」


 千花を抱え、邦彦は雪の中を走る。

 そこで千花は気づいた。

 ああ、ここはフリージリアだと。


(ゼラオラは、どこへ行ったの?)


 声を出したい千花だったが、口が凍結してしまったのか上手く動かない。

 その間にも、邦彦は機関への扉へと走っていった。


 治療を受けた千花が真実を知ったのはそこから丸1日後のことだった。

 

「リフレシアが氷漬けにされました」


 リフレシアは七大国の中でもトロイメアの次に守護されていた国だった。

 世界樹が聳え立ち、妖精が住まうとされていたリフレシアは全ての国の魔力源であり、世界樹が枯れれば──。


「我々全員、魔法が使えなくなっている」


 謁見の間で話を聞いた千花は血の気を引かせた。

 ウォシュレイどころの騒ぎではない。

 千花の行動によって人間だけでなく獣人もヴァンパイアも人魚も、全ての種族が魔法を使えなくなってしまった。

 これでは光の巫女は救世主ではなく、世界を死に陥れた張本人である。


「ごめんなさい、私が、勝手なことをしたから、こんなことに」


 千花はシルヴィーの目の前で膝から崩れ落ち涙を流す。

 まだ体が回復しきっていない中でこの事実は筆舌に尽くしがたく、千花は全責任を負うにはまだ幼すぎた。


「何か方法はないのですか、トロイメア女王陛下」


 邦彦は千花を支えながらシルヴィーに問う。

 シルヴィーも考えるが、悔しそうに首を横に振る。


「あるとしたら1つ。光の巫女候補者であるチカが1人で戦いに行くしかない」


 千花はリースの、世界樹の加護を受けた魔導士ではない。

 ゼーラを倒し、世界樹を取り戻すには魔王ゼラオラの魂を解放させた千花が赴く他方法はない。


「……行きます。この命をかけてでもリースを取り戻してみせます」

「お前にしかできないことだ。何としてでも勝利を取れ」


 シルヴィーに命令され、千花はその表情にぐっと息を呑む。

 彼女の瞳には憎悪が満ちていた。

 勝手な行動をとった千花への、憎しみが。


「失礼します」


 千花はいたたまれなくなって逃げるように謁見の間を後にする。


(勝たなきゃ。私が勝たなきゃ、リースは壊れる)


 城下街へ出ると国全体が混乱と化していた。

 魔法が使えず、いつまでも終わらない雪に全国民が慌てふためき、嘆いている。


「どうして炎の魔法が使えないの! これじゃ凍死するわ」

「誰か魔法が使える者はいないのか。瓦礫に人が埋まっている。誰か助けてくれ!」


 国民の悲鳴が聞こえる度に、千花の心臓は鷲掴みにされる。


(早く、早く、勝たなきゃ、私がっ)

「田上さん、呼吸をしてください!」


 千花が街へ駆け出そうとした瞬間、邦彦が腕を掴んで制止してきた。

 邦彦の言う通り息を吐くと、一緒に苦しい咳が襲って来た。


「自責に駆られる気持ちはよくわかります。ですが、今は焦っても状況は変わらないのです。落ち着いてください」

「落ち着けるわけありません! 私のせいで、世界が崩壊するんです! 早くゼーラを倒して、世界樹を取り戻さないと、私のせいで死ぬ人がたくさん」

「ええ、だから行きましょう」

「……え?」


 千花は目の前に出される手を取れずに呆然と立ち尽くした。


「僕は元々魔力を持っていない人間です。魔法が使えないことに焦る必要がないのです」

「そういうことだな」


 はっと千花が後ろを振り返ると、そこには興人とシモンが立っていた。

 興人は大剣を握りしめている。


「魔法がなくても人間が戦えることを証明してみせましょう」

「俺は魔法がなきゃやってられないが、この混乱を収めるくらいはやってやるか」


 2人の言葉に呼吸を忘れていた千花はようやく落ち着くことができた。

 魔法がなくても武器はある。

 戦える者は、千花だけではないのだ。


「行きましょう田上さん。ここにいる()()で、リフレシアを取り戻しましょう」

「はい……はいっ」


 千花は滲む視界を手で乱暴に戻し、決意を込めた顔に戻す。


「絶対に、この世界を救ってみせます!」


 その言葉に、迷いはなかった。

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