邦彦の真意
シルヴィーとの謁見が済んだ後、カイトは一度ウォシュレイへ戻った。
千花は邦彦と共に城内を歩きながら、少し沈黙する。
(ど、どうしよう。確かに安城先生に会って話したかったけど、今の状況で話しかけていいかな)
自分の実力を知ってもらいたくて邦彦を待っていた千花だが、いざ目の前にすると言葉が出なくなる。
このまま別れてしまう前にとにかく話さなければと千花が口を開きかけたその前に、邦彦が声を発した。
「田上さん、この後時間はありますか」
「へっ? は、はい」
「少し、ついてきてください」
邦彦の言葉に従って千花は城下街を歩いていく。
案内された先は、教会の隣にある墓地だった。
「安城先生、ここは?」
リースの国の言葉が最近何となく読み取れるようになった千花は邦彦が案内してきた墓地に目をやった。
そしてそこに書いてあった字に目を見張る。
【リサ・アイカワ ここに眠る】
「昨日、ゼーラを捕らえた後に教会の者に頼んで刻んでもらいました。骨はありませんが、形だけでも残したいと思って」
千花は溢れる涙を止めることができなかった。
千花自身も後悔していたのだ。
もっと、浄化以外に何かできることはあったのではないかと。アイリーンを生き返らせる方法はあるのではないかと。
だがそれは、禁忌における魔法だった。
「うっ、うぅ……」
「田上さん、ありがとうございます。僕はずっと彼女の存在を正当化して生きてきた。それが梨沙さんを苦しめていることに気づいたのは、恥ずかしながら田上さんが現れてからでした」
「……私が?」
涙で目が赤くなった千花を見やり、邦彦は教会へと足を進めた。
「僕はこの通り、魔法が使えず機関で拾われ子として育ちました。小さな村で育った僕の存在を忌避した村民からは激しい罵倒を食らったものです」
邦彦の過去も千花にとっては聞きがたいものであった。
魔法の使える両親からは勘当状態で家にすら入れてもらえず、同年代の子どもからは魔法でいたずらや攻撃をされ続けてきたこと。
機関に拾われたのはちょうど任務中で邦彦がいじめられていることを可哀想に思ったリンゲツに出会ったからだった。
魔法の使えない邦彦はすぐに孤児院に行くとばかり考えていたリンゲツだったが、邦彦が機関に残してほしいと懇願し、テオドールが機関長ノーズの代わりに許可したからだった。
「その当時の僕はこう考えていました。この機関は新たな光の巫女を探している。ならば僕が光の巫女を探し出し、自分の手玉にとって僕を無き者にしてきた奴らに復讐してやろうと」
幸い学力の方は独学でもすぐに追いついた邦彦は、20になった時に地球へ行って光の巫女候補者探しを任された。
だが、候補者探しは困難を極めた。
「魔法の素質はあっても実践では戦えない者。魔法の資質がない者。魔力が一定数足りない者。その度に記憶を消しては新たな候補者を探す旅へと出ました。その時に、梨沙さんに会ったのです」
候補者を探して14年。
全く進展のない候補者探しに躍起になっていた邦彦は、偶然居合わせた梨沙に目を付け、独学で魔法を習得させた。
「今思えば、僕はたった16歳の少女に甘えていました。素質があり、戦うこともできる梨沙さんなら僕の手玉にしてこの世界を牛耳ることができると。そんなどす黒い感情を彼女に向けては、自分のアイデンティティーを確立させていました。魔王に取られたその時までは」
梨沙が勝手にフリージリアへ行き、禁忌を侵して魔法が使えなくなった時、邦彦は絶望に陥った。
自分の野望が打ち砕かれたのかと。
光の巫女をその手に宿し、世界を物にしてやるという魂胆ができなくなった邦彦は梨沙もまた消そうと考えていた。
だが梨沙としての記憶は消されており、やむを得ずアイリーンとしてこの世界に留まらせたということだ。
「そして3年後。また機会が訪れました。田上さん、あなたがやってきたのです。僕は、今度こそあなたを使って理想の世界を作り出そうとしました。魔法が絶対のこの世界に、魔法の使えない人間が支配できる世の中を作ってやろうと考えていたのです」
千花は長く語られる邦彦の思いに何も言葉が出てこなかった。
それだけ、邦彦が抱えていた思いは大きかったのだろう。
「どうして、やめたんですか」
「あなたが正義を貫き通したからです」
何を言っているかわからず、千花は首を傾げる。
「何も知らない光の巫女なら、僕の言いなりになってくれるだろう、魔王退治以外でも、命令すれば逆らわないだろう。そんな邪な考えを持つことが恥ずべきことだと思うくらい、あなたは正義の味方として戦っていた。自分が弱いとわかっていながら、怖いと思っていながら、それよりも民を守ることに尽力していました。昔の、梨沙さんのように」
邦彦は苦笑し、千花と目を合わせる。
その表情は悲しそうでいて諦めも含んでいた。
「だから僕は記憶喪失になった際に、あなたをこの世界から遠ざけようとしました。あなたはここにいてはならないんです。僕の手玉となる前に、この世界の闇に覆われて、梨沙さんに起きた悲劇の二の舞にならないように、ご両親の元へ帰してあげたかったんです」
千花はようやく邦彦の真意を聞けたと感じた。
邦彦の言っていた言葉は、意地悪でも見放しでもなく、千花が人生を失わないよう配慮した言葉だったようだ。
「そんなの……」
千花は泣きたい気持ちを堪え、邦彦をすっと見据える。
「そんなの、ちゃんと言ってくれなきゃわからないですよ。私、ずっとその言葉に傷ついてきたのに。安城先生が、そんな風に思っているなんて、1ミリもわかりませんでした」
「ええ。僕も言うまでに時間がかかりました。今も本当は、あなたを故郷へ連れて帰りたいです」
「そう言うと思いました。でも、私は嫌です」
千花は教会にある光の巫女の像の前に立ち、首を横に振る。
邦彦もその言葉を待っていたかのように静かに向き直る。
「私が正義の味方だと言うなら、この世界全てを救いたい。そして、その手助けを安城先生達皆にしてもらいたい。私は梨沙さんのようにはなりません。味方の強さを信じているから。だから安城先生、私をこのまま、光の巫女候補者のまま、置いてください」
以前、シモンに言われた言葉を思い出す。
お前は人間だ。光の巫女になろうとするな、と。
「……あなたは、僕がいくら突き放そうとしても、何度でも上がってくるのでしょうね」
邦彦は苦笑を浮かべた後、千花に向かって深く頭を下げた。
「田上さん、改めて言います。この世界を救ってください。光の巫女として、リースをお救いください」
「……はいっ」
千花は、強く頷き、決意を新たにした。