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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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浄化の融解

 時間にして1分も経っていないだろう。

 一頻り泣いて落ち着いたアイリーンは、不意に体の力が抜けて邦彦に全ての体重を預けた。


「梨沙さん!?」

「ああ、時間が、来たみたい」


 よく見ればアイリーンの体は少しずつ朽ちていっていた。

 指先が砂のようにぽろぽろと零れ落ちる。


「田上さん! あなた、彼女に何の魔法をかけたのですか!?」


 このままでは死んでしまうと感じた邦彦が急いでアイリーンを抱えようとするが、千花が言葉を詰まらせている間に彼女が代わりに応えてくれる。


浄化の融解(イミル・ファンダー)。悪魔の氷を溶かせる光の巫女の浄化魔法だよ、せんせー。私も、調べたから知ってる。まさかチカちゃんが使えるとは思わなかったけど」


 説明している間にもアイリーンの体はゆっくりと砂になっていく。


「それならなぜ!」

「私、本当は心臓に氷を突き刺された時点で死んでるはずだったの。でも、呪いのせいで時間が止まってた。だから、この朽ちていく体は死人の体になったってことだよ」


 信じられないと言った面持ちで邦彦は千花を見やる。

 千花は、苦しそうに下唇を噛んで涙を必死に堪えていた。


「これしか方法がなかったんです。アイリーンさんを悪魔の呪縛から解くにはこうするしか」


 声を詰まらせ、涙をボロボロ流す千花にアイリーンはくすりと笑う。


「そう、これで良かったんだよチカちゃん。これで、ようやく嘘を吐いて生きていく必要もなかったんだから。ああ、でも」


 アイリーンは既にボロボロになっている手を邦彦に向ける。

 邦彦はすぐにその手を取るが、取ったのは空だった。


「せめて、最後に言いたかったな。お母さん、ただいまって」


 アイリーンの瞳から涙が零れ落ちる。

 最愛の母にさよならも言えない苦しみは、誰にもわからないだろう。


「チカ、ちゃん。ここまで、来たら、絶対に、世界を、救ってね……私、が、できなかった、分まで、戦って」


 顔すらもう半分ない中で、アイリーンは千花を呼び、願う。

 その表情は、呪いから解き放たれた花のような笑顔だった。


「さよ、なら……せんせー」


 最後の言葉を言い残したアイリーンは、全て砂となり、空中へと舞い上がっていった。


「アイリーンさん!!」


 千花が名を叫ぶが、もう応答する声は聞こえない。

 あの可愛らしい声で千花を呼んでくれるアイリーンはいなくなった。

 千花と邦彦の間に重い沈黙が流れる。

 どちらも悲しみにくれたいと思っているが、現実はそう上手くいかなかった。


「あははははは!! もう終わりですか!!」


 要塞の向こうから甲高い少女の歓喜が聞こえてくる。

 その声の主はたった1人しかいない。


「安城先生、シモンさん達が!」

「悲しんでいる暇はありませんね。行きましょう田上さん」


 千花は魔法杖を握って要塞から出ていく。

 外で行われている戦闘をすぐ目の当たりにし、千花は絶句した。


「あら、巫女様。決着はつきましたの? こちらももう終わりましたわ」


 千花に気づいたゼーラがにこやかに応対してくるが、千花はそれどころではない。

 目の前にはゼーラによって倒された興人とシモンが気を失っていた。


「なんてことをするの、ゼーラ!」

「なぜって、だって私は巫女様に用があったのに彼らが邪魔をするのですもの。今は息の根を止めようとしたところですわ。そちらで見てらっしゃる?」


 今度は怒りで腸が煮えくり返りそうになる千花に邦彦は肩で制止し、耳打ちしてくる。


「後30秒です。それまで彼女を引きつけてください」

「え?」

「すぐにわかります」


 何を言っているか今の千花にはわからないが、邦彦には何か作戦があるのだろう。

 千花は怒りをぐっと堪えてゼーラに向き直った。


「ゼーラ、私に何をしてほしいの」

「何度も言っているではありませんか。あなたのこと、お父様にお会いさせたいのですよ」

「それは、私1人じゃないと行ってはいけないの?」

「もちろんです。だって大人数で来られたら緊張してしまうでしょう」


 千花はどう話を続けようかと迷い邦彦に目配せする。

 だがそこで名案を思い付いた。


「わかった。じゃあ行くよ」

「え? え!? 本当ですの!?」


 また断られるだろうと考えていたゼーラは千花が頷いたことに何も疑わず喜んだ。


「その代わり条件がある。まずはこの2人を回復させて」

「えぇ……でも喧嘩を売ってきたのはそちらで」

「じゃあ別のお願い。もうこれ以上リースに危害を及ぼすのはやめて。私が行くなら、それくらいはしてもらっていいでしょ」

「それならまあ。お父様の命令でこれ以上目立つなと言われていますし」


 千花は時間を数えながらゼーラに近づく。

 早く歩けばすぐにゼーラの手を取れてしまう。


「さあさあ早く、おいでくださいませ」

(5、4、3……)


 ゼーラは手を伸ばして千花を招く。

 その後ろには先程までの白い扉が現れていた。


「約束よ」

「ええ、もちろんです」

(2、1……)


 千花は生唾をゴクリと飲んでゼーラの手に手を重ねようとする。

 その瞬間だった。


「アクアスフィア!」


 千花が後ろに飛びずさった直後、ゼーラが青い魔法陣に囚われた。

 魔法陣は水を出現させ、ゼーラを囲むと球体に閉じ込めた。


「あら? これは一体どういう了見ですか巫女様」


 驚きながらも千花に挑発の目を向けるゼーラ。

 しかしその間にある人物が立ちふさがった。


「ようやく捕らえられたか。お返しだ、ゼーラ」

「カイト!?」


 千花の目の前に現れたのは人魚の国・ウォシュレイの王子、カイトだった。

 カイトは閉じ込められているゼーラを小さく手のひらサイズの球体にし、睨みをきかせながら邦彦にその球体を見せた。


「これなら抜けられないはずだ」

「ありがとうございます。これでまず魔王の仲間を捕らえられました」

「え、あの、なんでカイトが」


 千花が何が起きているかわからないと言ったような表情を向ける中、邦彦は1つ頷いた。


「ゼーラという悪魔に関しては、僕達も狙っていたのですよ」


 話は王城に行ってから、ということになった。

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