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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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こんな世界、大嫌い

 千花はその光景を信じられない面持ちで見ていた。

 邦彦の首目がけて振り下ろされたはずの剣。それは、首を斬ることなく、宙に固まっていた。


「ぐ、う……っ」


 呻き声が聞こえる。

 それは邦彦の声ではなく、アイリーンから発せられていた。

 奥歯を強く噛み締め、腕の血管がちぎれてしまうのではないかと言うほど強く抵抗している姿が見られる。


「……田上さん、今です」


 呆然としている千花に邦彦が静かに告げる。

 アイリーンが洗脳に抗っている今なら、魔法を撃つことができる。


(アイリーンさん、今やります!)


 千花は痛みを堪え立ち上がると、そのままアイリーンの体に抱きつく。

 その手は心臓の部分を抑えていた。


(私にしかできない。悪魔の氷を溶かす方法)

浄化の融解(イミル・ファンダー)


 千花の手から暖かい光が漏れ、アイリーンの心臓へ入っていく。

 その瞬間、アイリーンは自分の心臓が「ドクン」と鳴ったことがわかった。

 それと同時に、忘れかけていた記憶が呼び覚まされた。


 6年前。まだ桜が蕾から開こうとしていた4月。

 梨沙は入学早々林の奥にある泉の前で邦彦と出会った。


『せんせー。そこで何してるんですか』

『あなたには関係のないことです。大人しく帰りなさい』


 そう言われると癪に障る梨沙は邦彦の制止も聞かずに泉に一緒に泉に飛び込んだ記憶が新しい。

 あの時の異世界への熱望と魔法という存在が本当にあったことに感動を覚えたものだった。

 仕方ないからと邦彦が光の巫女の説明をした時には力になりたいと懇願した。

 元々自他共に認める正義感の強い梨沙は二つ返事で邦彦と当時のトロイメア女王を言いくるめた。


 そこからは大変だった。

 邦彦は魔法を使えず、本を読み漁っては感覚だけで魔法を体に馴染ませ、叩き込んだものだ。

 雲を掴むような訓練に何度も音を上げようとしたことがあったが、梨沙には諦める選択肢がなかった。

 それはなぜか──。

 来る悪魔との戦いの前に梨沙は人々を魔物から、猛獣から、災害から守ってきた。

 それはなぜか──。

 利益などない。魔法が上手く使えない日は敵から攻撃を受け、傷つくこともあった。

 それでも戦う気力は失わなかった。

 それは、なぜか──。


「アイリーンさん!」


 少女の声にはっと目が覚める。

 洗脳はいつの間にか解かれていたのか、起きた時には身動きが取れるようになっていた。


「チカ、ちゃん」

「良かった。目が覚めたんですね」


 アイリーンは洗脳されている間何が起きたか確認するために周囲を見回す。

 分厚い氷の壁に覆われた要塞に座り込んでいる自分と千花、そしてその後ろには。


「せん、せー」


 なぜ昔の言い方で呼んでしまったのか。

 気まずくなり邦彦から目を逸らすと、彼が千花と場所を交代するよう告げた。


「少しだけ、お話させていただいてもいいですか?」

「は、はい」


 千花と交代した邦彦はアイリーンと目を合わせ、じっと黙る。

 千花にも過去を知られている今、アイリーンが取り繕う必要はなく、沈黙が流れる中、邦彦は不意に頭を下げてきた。


「アイリーンさん、いえ、梨沙さん。これまでのこと、本当に申し訳ございませんでした」

「え?」


 久しぶりに本当の名を呼ばれ、アイリーンは硬直する。

 それだけではない。邦彦から謝罪されると思っていなかったアイリーンは顔を上げて驚愕の表情を見せる。


「あなたの強さに溺れ、大きな期待を抱かせ、魔王の元へ1人で行かせるまでの行動を起こさせたこと。梨沙の名を捨てさせた時も、あなたなら受け入れてくれるだろうと甘えて、結局全ての責任をあなたに押しつけて3年間過ごしてきたこと、今となっては深く反省しています」

「……今更何よ」


 アイリーンも自分で驚く程冷たく暗い声が出てきた。

 だが怒りを止めることはできない。


「私が魔法の訓練を頑張っている時も全然来てくれない。大事なことは何も教えてくれないくせに私が冒険に出ようとすると止めてくる。心配してるだなんだ言っておいて、結局私のこと、見捨てたくせに」


 魔王に心臓を止められ、愛する母から忘れ去られ、梨沙という存在を消され、この3年間、偽りの人生を生きてきた。

 そこに邦彦はいなかった。


「嘘つき! 嘘つき! みんな嘘つき! こんな世界、もうどうにでもなれって、そう思ってたのに」


 アイリーンは爪が白くなるほど強く握りしめ、悔しさと憎しみを邦彦にぶつける。

 だがそこに殺意は込められていなかった。


「どうにかしてやろうと思ったのよ。魔法が使えなくたってこの国を破壊できる術はいくらだってあるもの。でもできなかった。この3年、いつだってチャンスがあったのに。皆のせいでできなかった!」


 テロを起こすことだって、再び禁忌に手を出して国全てを破壊することだってできた。

 それでも、後1歩というところでできなかった。

 それはなぜか──。


「この世界のことを愛してくれていたんですね」


 邦彦の言葉にアイリーンは奥歯をぐっと噛みしめ、言葉を詰まらせる。

 ギルドの受付嬢になってから色々な人に会った。

 酒と話が大好きな冒険者。

 いつも親切にしてくれる商人。

 孤児院で元気に走り回る子どもたち。

 そして、自分が守ってきた、感謝されてきた人達。

 みんなみんな、アイリーンが──梨沙がリースを愛したいと思った者たちばかりだった。


「せんせーなんか大嫌いよ! 私が無謀なことをする人間だってわかってたくせに、ずっと焦って不安だったのに、なんで近くにいてくれなかったの!」


 子どものように癇癪を起こして拳を胸に叩きつけてくるアイリーンを、邦彦は何も言わずにただ優しく抱きしめる。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


 泣きじゃくるアイリーンを見て千花も自分のことのように涙を流す。

 一歩間違えれば自分も同じ状態になっていた。

 アイリーンは、身をもって千花を止めてくれたのだろう。

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