対アイリーン
千花は目の前に現れた邦彦に呆然とするのみだった。
どうやって入ってきたのか、なぜここに来れたのか、聞きたいことはたくさんあったが、瞬時にそんなことを考えている場合ではないことがわかった。
「田上さん、避けて!」
邦彦の指示に我に返ったと同時にアイリーンが手を拳銃の形にして炎の玉を撃ってきた。
千花は間一髪避け、すぐ後ろの土が燃える。
「こちらへ来てください」
邦彦の指示に千花は急いで彼の隣に走っていく。
邦彦は戸惑う素振りも見せず、拳銃をアイリーンに向けていく。
「安城先生、アイリーンさんは操られています。あのゼーラントっていう悪魔に」
「そのようですね。それに、魔法が使えるようになっている」
過去を見てきた千花であれば今の邦彦の感情がわかる。
彼は今、無表情を貫きながらも戸惑っている。
「田上さん、彼女は……」
「知ってます」
千花の返答に邦彦は目を見開いて彼女に目を配らせる。
千花は怖じけることなく邦彦と目を合わせる。
「愛川梨沙さんの記憶は、全部見ました。梨沙さんがむかしの光の巫女のことも、禁忌を侵したことも、アイリーンさんになったことも全部」
「そう、ですか」
かける言葉が見つからないのか、邦彦は珍しく口を閉ざしている。
だが千花にとっては必要なことを言わなければならない。
「安城先生お願いがあります」
「なんですか」
「アイリーンさんを、戦闘不能にしてください」
まさか千花にその命令をされると思っていなかった邦彦は何が彼女をそうさせているのかわからないと言った顔を見せた。
千花は説明したい気持ちを抑えながらも、今は時間がないことを自覚する。
「お願いします。私なら、光の巫女なら、アイリーンさんの心臓の氷を溶かすことができるんです。だから、私が彼女に近づけるように、戦闘ができないようにしたいんです」
千花の決意の強さに、邦彦は逡巡した後、拳銃と短剣を手に臨戦態勢に入った。
「今の僕に、あなたの考えを否定する権限はありません。ただ1つ、無茶な真似はしないでください」
梨沙の禁忌のように。
そう聞こえた千花は奥歯を噛み締め、未だ敵意を瞳に滲ませているアイリーンに向かって魔法杖を向ける。
(必ず助けますから。待っていてください梨沙さん)
「行きます!」
邦彦と千花は一斉にアイリーンの双方向へと駆け出していった。
まずは邦彦が拳銃でアイリーンを牽制する。
「リーフカット!」
次に千花が緑の葉を空中から舞わせ、アイリーンの視界を奪う。舞い踊る葉は簡単には抜け出せない。
(アイリーンさんを攻撃することはあまりしたくない。でも、これは仕方ないこと)
「安城先生、アイリーンさんを封じてください!」
千花の指示通り邦彦はアイリーンの足目がけて銃口を向ける。
発射された銃弾はアイリーンの右腿を撃ち抜く。
だがアイリーンは痛がる素振りも見せず、踊る葉を炎で燃やすとそのまま千花に突進してきた。
(痛覚もなくなってるの!?)
千花は土壁を作り、アイリーンの攻撃を防ごうとする。
しかしアイリーンが作った光を帯びた矢は簡単に土壁を壊し、千花の肩をぐさりと突き刺した。
「うぐっ!」
矢の衝撃によって壁に激突した千花の肩から血が流れ出る。
痛みに耐えて矢を肩から抜くと、それは千花が散々苦労してようやく最近ものに出来たと感じている光属性の魔法だった。
(やっぱり、実力が違う)
未だ自分に標的を向けてくるアイリーンに尊敬と畏怖の念を千花は送る。
そしてアイリーンが近づいてくる前に、邦彦が間に立つ。
「アイリーンさん、狙う相手が違うでしょう。あなたが恨むべきは今の巫女である田上さんではない。あなたを見捨てたこの僕だ」
「安城先生!?」
まるで自分に攻撃してもいいとでも言うように両手を広げて話しかけてくる邦彦にアイリーンは再び雷の剣を顕現させる。
魔法の使えない彼が諸に攻撃を受ければ即死は免れない。
「それともこれが報復ですか。僕が田上さんを逃がそうとしているから、あなたは怒っているのでしょう。なぜ、自分にも逃げ道を用意してくれなかったのかと」
(私を、逃がそうと?)
邦彦の真意は未だにわからない。
聞いてみなければわからないのだ。
だから聞きたい。でも今はその時間が全くない。
ただ、今邦彦に死なれたら困るのだ。
「アイリーンさん、恥を忍んでお願いがあります。殺すのは僕だけにしてください。あなたのこの世界への憎しみも、怒りも、全て僕に差し向けてください。僕は何も抵抗しない。全て受け止めます。ただ1つ、言い残させてください」
アイリーンは剣を構え、邦彦に向かって走り出す。
邦彦は何も守ろうとせず、千花の前に立つ。
「安城先生!」
「アイリーンさん……いえ」
邦彦は真っ直ぐにアイリーンを見据えた。
「梨沙さん、あなたのおかげでこの世界は救われています」
剣が振り下ろされた。