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光の巫女  作者: 雪桃
第2章 リースへ
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ギルドと気絶

 千花はギルドの様子に感嘆した声を出した。


「人多っ! お酒くさい。皆の体臭がすごい」

「田上さん、言い方が」


 千花の容赦ない感想に流石に邦彦も一瞬顔を引きつらせた。

 しかし千花は止まらない。


「だって漫画とかだともっと盛んで可愛い女の子とか若い人とかワイワイしてる描写がいっぱい」

「確かに異世界転生ものの漫画ならそうですが、改めて言いましょう。ここは現実です。リアルを体験したことのない空想の世界と一緒にしないでください」


 えー、と不貞腐れる千花だが、邦彦はお構いなしに全て否定する。


「とは言え、昼間からお酒を飲んでいる中年男性がギルドの初めての印象というのも最悪ですね。受付の人は確か綺麗な女性だったはずですよ」

「いや別に美人を求めてるわけではないんですけど」


 邦彦の言い方だと何かいらぬ誤解をさせられていそうで千花は呟くように否定する。

 ギルド内はそこまで広いというわけではないが、人は先程の道路と同じくらいいる。

 つまり熱気と酒臭さが溜まって結局鼻を衝く。


(死骸と汚物がないだけ全然マシか)


 そこは流石に掃除しているらしい。

 当たり前かと千花は思う。

 千花達が真っ直ぐギルド内を進むと、やがてカウンターに辿り着いた。

 そこには可愛らしいワンピースをつけた千花と変わらないほどの若い女性が立っていた。


「──」

「──」


 女性と邦彦が二言三言会話をする中に千花は手持ち無沙汰のままギルド内を目だけで回る。

 テーブル席が十数台に、目の前にあるカウンター、テーブルには料理やお酒が並び、それぞれ武装した人々が楽しそうに談笑している。


「田上さん。これを」

「はい?」


 邦彦が渡してきたものを受け取る。

 それは補聴器のような豆粒サイズの透明な器具だった。


「翻訳機です。少しの衝撃なら外れない仕組みになっているので、片耳に装着していてください」


 言われるがまま、その豆のような機械を耳に入れてみる。

 その瞬間一気に何十人もの声を受けた千花は目眩を覚える。


「どうです田上さん。聞き取れるようになったでしょう。ちなみに読み書きもできますよ」


 邦彦が確認のために千花の顔を覗き込む。

 千花は答えようとして目線を上げた。


「は……」

「はい?」

「吐きそう」


 千花の言葉に邦彦は目を丸くして一瞬反応が遅れる。

 しかし受付の女性は何かを察したらしくすぐ近くにあった小さなタライを千花に向けた。


(なんでタライがすぐ近くにあるんだろう)


 そんなことを思いながら千花は胃の中にあったものを全てそこに吐き出した。

 吐き気がなくなると今度は眠気がやってくる。


「田上さん!」

「あれ……天井なのにお星様がキラキラしてる」


 千花は視界に映る星を眺めながら意識を飛ばした。






 千花は心地良い風が吹く草原に1人立ち尽くしていた。

 四方八方を見渡してもあるのは果てしなく続く青空と地平線のみ。


(私、前にもここに来たことがあったような)


 千花は徐ろに裸足で目の前に草原を歩いていく。

 いつの間に着替えたのか、身につけているものは長袖のくるぶしまで裾のある白い質素なワンピースのみだった。


(涼しい。何もかも無になりそうな風)


 心地良い風に身を任せながら千花は前へ前へと進んでいく。

 どれだけ歩いたかわからないまま、永遠に続く青空を見上げていると、不意に目の前に人影が現れた。


(誰?)


 そこには腰まである白髪と口元を覆うほどの長い髪が特徴の、千花と似た白いローブを着ている老人が立っていた。


『千花』


 老人は髭の下から口を動かして千花の名前を呼ぶ。

 その声はあまりにも優しく、千花は体から力が抜けるのを感じる。


『お前がリースに来る瞬間を、ずっと待ちわびていたよ』


 千花を目の前に老人は落ち着いた声音で話す。


『どうかリースを救っておくれ。巫女に愛されたお前なら、成し遂げられるだろう』


 それだけ残すと老人と草原は千花の視界から消えていく。


『元の世界に帰りなさい。お前がここに来ることを、願っているよ』


 千花は返事をすることもなく、意識を飛ばし、暗い世界へと落ちていった。

 次に目にしたものはダークブラウンの木材で固められた天井だった。

 少し硬めのベッドから気だるげに上半身を起こし、千花は頭を左右に動かす。

 右には外の様子が見えるベランダと大きな窓、左には小物を置いておく腰までの高さの棚とダークブラウンの扉。

 そして真ん中には千花が現在座っているベッド。


「私は一体」


 千花が現状把握を行おうとした瞬間、扉の向こうからノック音が聞こえてきた。

 その後すぐにワンピースを着た女性が入ってくる。


「あ、起きたのね。良かった、心配したわ」


 女性は呆然としている千花の前まで来るとお盆の上にあったコップに水を入れて差し出した。


「どうぞ。嘔吐をしたから一応軽く口はゆすいだけど脱水症の可能性もあるからゆっくり飲んでね」


 千花は言われるがままに女性からコップを受け取り恐る恐る縁に口をつける。

 そのまま全て飲み干してしまった。


「あー美味しい!」

「そう? 普通の水道水だけど、よっぽど喉が渇いていたらしいわね」


 女性からもう1杯水をもらった千花は、今度は少しずつ含みながら飲むようにした。

 その間に女性は一度席を外し、部屋を出る。

 次に戻ってきた時には邦彦を連れてから出ていった。


「安城先生」

「おはようございます田上さん。頭の方はもう大丈夫ですか」


 暗に馬鹿と言っているのかと反論しようとした千花だが、寸でのところで意識を失う前のことを思い出した。

 確か補聴器のような翻訳機をもらい装着した瞬間その場にいる全員の声が脳に入ってきて吐き気と共に意識を飛ばしたのではなかったか。


「思い出しましたか」

「はい。はっきりと」


 邦彦が近づいてきて千花に再び翻訳機を渡す。


「本来はつけた時に不調と感じれば調整するのですが、こちらの手違いで全て聞き取る設定になっていたようです。今は改良したのでこちらに付け替えてください」


 千花は言う通り自分の耳から翻訳機を外し、邦彦の持っている物と交換した。


「私が眠ってた時間ってどれくらいですか」


 外を見ると先程とあまり天気は変わっていないように見える。


「丁度30分くらいです。すぐに起きてくれて安心しました。場合によっては抱えて帰らなければと思っていましたので」


 どれだけ寝る想定だったのかはさておき千花はその後邦彦の案内で再びギルドのカウンター内へと向かっていった。

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