寒さの中の決闘
千花はすぐさま魔法杖を手に、臨戦態勢に入る。
その姿にゼーラは「まあまあ」と両手を上げて宥める仕草を見せる。
「そう警戒しないでくださいまし。今のは軽い挨拶なだけであって、本当に殺すつもりはありませんでしたのよ」
「どの口が言うのよ。悪魔なら狙うのは私でしょ」
ゼーラが丸腰で応対してくるが、千花が緊迫感を崩すことはない。
それはアイリーンも同じようで、「悪魔」と聞いた瞬間眉根を寄せて敵意を示した。
「あの女も、悪魔なの?」
誰に聞いたでもないアイリーンの問いかけに千花は短く頷く。
その光景にゼーラは「はあ」と溜息を吐き、直後「あら?」とアイリーンの方を見た。
「あなた、どこかでお会いになって?」
「私はあなたのこと知らないけれど」
「そうですか? うーん、記憶の片隅にあるような……」
呑気にゼーラが考え込んでいる間に千花は魔力を杖に込める。
狙うはゼーラの首だ。
「ウィンドスラッシュ!」
千花が魔法陣を展開し、瞬時に風の刃をゼーラに向かって放つ。
ゼーラは氷の盾で防ぐとむっと頬を膨らませる。
「今私考え事をしていますのよ。巫女様だからって横暴が過ぎますわ」
「氷の魔法……?」
ゼーラが千花に向かって苦言を呈している間にアイリーンはその魔法を見て硬直する。
その驚きようをゼーラも感じ取ったらしく、あることに気づいたようだった。
「あなたもしかして、お父様を檻に閉じ込めた昔の巫女様ですの?」
その言葉に千花もはっとアイリーンを見る。
アイリーンが表情を固くする一方で、ゼーラは嬉しそうに笑みを見せる。
「まあ、まあ! 私、一度でいいから会ってみたかったんですの。私のお父様を封じ込めたあなた様を。お会いできて光栄ですわ」
その異常なまでの喜びように千花は言いようのない不安を覚える。
何にせよ、今アイリーンをゼーラに近づけることは危険だ。
「アイリーンさん、私がここを引き止めていますから逃げてください。そしてシモンさんを呼んできてください」
「……わかったわ」
素直に応じてくれたことに千花は感謝しつつ、アイリーンを逃がそうと一歩前に出る。
だが、ゼーラは許してくれなかった。
「あら、私まだお話したいんですのよ」
ゼーラは高いヒールをカン、と鳴らし、魔法陣を展開させる。
魔法は氷となり、千花とアイリーンを囲むように行く手を阻む。
「正式ではありませんが、私達の国へご招待しますわ!」
ゼーラが両手を広げるとその後ろに真っ白な空間が出来た。
人1人は簡単に吸い込めそうなその空間に入ってしまえばゼーラの思うがままだと理解した千花は、戦う姿勢を見せる。
「さあさあ巫女様、こちらへいらっしゃいませ」
(近づいたら吸い込まれる)
「ウィンドスプラッシュ!」
千花は水飛沫を突風に乗せてゼーラを撹乱させようとする。
「凍りなさい」
ゼーラは飛沫を全て氷に変え、地面に落とす。
だが諦める千花ではない。
(氷魔法なら!)
「フレイムボール!」
千花の苦手とする炎魔法だが、初期のものであれば使える。
千花は連続で炎の玉を撃ち、ゼーラの氷の壁を溶かそうとしていく。
「まあ、痛い所を突いてきますわね。でも、それくらい対策済みですわ」
ゼーラは最後の壁を壊されると同時に氷柱を炎の玉に直撃させる。
水蒸気として辺りを曇らせられれば千花は何も見えなくなる。
(落ち着いて。次にゼーラがどこから来るか)
「土壁」
捕まらないように防御を固めた千花。
その瞬間、土の中から氷の剣が千花の目の前を斬り裂いた。
「流石ですわ巫女様。この一瞬で防御を固めてしまうとは。でも、私のスピードに勝てますか?」
ゼーラは氷の剣を両手で掴むと、千花を狙って振りかぶる。
その隙を見て千花は防御の陣を立て直すが、作り上げては壊される時間が続いていく。
(隙がない! 攻撃すらできない、なら、爆発を起こして)
「爆発!」
千花は一瞬剣に腕を掠められながらも魔法陣をゼーラの首目がけて発射する。
寸でのところで躱されたが、爆発はゼーラの右肩に見事に的中し、腕を吹き飛ばした。
「あら、まあ」
痛みと言うより少しばかり驚きを零したゼーラだが、千花は更に攻撃を続けようとする。
だが、その手は封じ込められた。
後ろにいる、アイリーンによって。
「アイリーンさん!?」
「──?」
驚く千花だが、同様にアイリーンも自分の行動の意味がわからず酷く戸惑っている。
「ああ、やっと効きましたのね。さあ前の巫女様。今の巫女様に攻撃を」
ゼーラがアイリーンに命令を下すと、千花が避けるよりも早くアイリーンが膝蹴りを食らわしてくる。
「かはっ!」
「チカちゃん!」
アイリーンの意思でないことは表情からよくわかる。
(まさか、心臓に氷の矢を刺されたから)
腹を思い切り蹴られ、怯んでいる千花にゼーラは歩み寄ってくる。
「さあ、一緒に行きましょう。巫女様が2人も来てくれて、お父様はきっと喜ばれますわ」
痛みで動けない千花に向かってゼーラは手を伸ばそうとしてくる。
その手に捕まったら最後だ、とわかっているのに抵抗ができない。
蜘蛛の巣に付かれたように何もできない千花はぎゅっと目をつぶる。
その瞬間だった。
「伏せろチカ!」
何が起きているかわからないまでも、千花は言う通り頭を地面に付ける。
その瞬間、ゼーラが鋼の剣で腹を刺し貫かれた。