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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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自分を見失った代償

 梨沙はそれから3日後、機関の手によって救出された。

 猛吹雪の中、水も食料もなく意識不明のまま救い出されたのは奇跡に近いと診断を受けたが、その原因は魔王以外誰も気づかなかった。


『俺がもっと警戒して止めていれば、こんなことにはならなかったのに』

『シモンさんのせいではありません。彼女が起こしたことは、焦りから来る衝動でしたから』


 梨沙は救出されてすぐに目を覚ました。

 だがその体には大きな異変が起きていた。


『心臓が動いていない。脈も体温も、何も感じられない』


 マーサから告げられた言葉にその場にいた全員が絶句する。

 千花も見ていて理解ができなかった。

 だって梨沙は、この場に生きているのだから。


『どういうことですかマーサさん。梨沙さんに何が起きたと言うのですか』

『私が聞きたい。リサ、お前魔王に何をされた』


 マーサと邦彦に問い詰められた梨沙は正直に白状した。

 心臓に氷の矢を刺されたこと。なのに、生きていることを。

 無情にも代償はそれだけに収まらなかった。


『魔力も感じられない。生きていること自体を否定されているようなものだな』


 マーサから非情に告げられた言葉は梨沙の心に重くのしかかった。

 後悔先に立たず。梨沙が世界を救いたいと思い立ち上がった結果は、虚しく崩れ落ちた。


『せ、せんせー。私どうしたらいい? 魔力が戻ってくる方法はないの?』


 焦りと不安で声を上ずらせながら聞いてくる梨沙に、邦彦は首を横に振る。


『魔力を失った者が再び魔法を使えるようになった事例を僕は知りません。元通りになるのは不可能でしょう』


 実質梨沙はお役御免になったということだ。

 周囲に重い空気が流れる中、邦彦は梨沙に向き直り、静かに口を開く。


『梨沙さん、一度実家へお戻りください。対応は、追って連絡しますので』


 戦力外通告を受けた梨沙は後悔を発することもできず、苦しそうに邦彦を見つめた後、無言で頷いた。

 この後梨沙に待ち受けているのは、記憶の消去だろう。

 だが、千花は「あれ?」と違和感を覚えた。


(なんで、アイリーンさんは梨沙さんの時の記憶を持ってるんだろう)

「その理由はすぐにわかるよ」


 いつも心を見透かされる千花はもう驚くことはなく、この後の展開にぐっと奥歯を噛み締めた。

 梨沙がトロイメアを守ったことにより、地球とリースの扉は保たれていた。

 梨沙は沈痛な面持ちでその扉を潜り、墨丘高校の泉から自宅へと向かっていく。


『私、なんて言えばいいんだろう』


 世界を救うために召集されたのに、魔王一体倒せずに帰ってきた娘に母はなんと言うだろうか。

 悩んでいる間にも自宅はすぐ目の前にあった。


『あっ』


 梨沙が家に入ろうとした直前、扉が開き、母の姿があった。

 梨沙が何も言えずに立ち止まっていると、母親は彼女に視線を合わせ、首を傾げる。


『あら、どなた様?』

「え?」


 母親の言葉に梨沙よりも先に千花が声を上げてしまった。

 梨沙も同様に、絶句していたようだった。


『お母さん、何言ってるの? 私だよ、梨沙だよ』

『梨沙、さん? ごめんなさい、私、娘はいないの。人違いじゃないかしら』

『なんでそんなこと言うの! そんな冗談笑えないよ!』

「ちょ、ちょっと待って。本当に私、何も知らないのよ』


 梨沙は母親の腕に掴みかかる。

 母親はその鬼気迫る表情と掴まれる力の強さに恐怖すら覚えている。


『なんで……なんで!?』


 ちょうどその時、偶然通りかかった警察官がやってきてその異常事態に梨沙を宥めようとした。

 母親はただ何もわからないと言うように首を振るばかりで、悪者は梨沙になっている。


『とにかくお嬢さん。1回署に来てもらって……』


 梨沙の絶叫に周囲には野次馬も出来ている。

 そのまま宥めて連れていこうとする警察官を振り切り、梨沙は野次馬の波をかき分けてリースへと帰る。

 向かった先は、機関の書庫だった。


『なんで、なんで、なんで!! 私からいくつ奪えば気が済むの!?』


 梨沙が手に取ったのは分厚い古びた革の本。

 そこには梨沙が「とっておき」だと言っていた魔法が書いてあった。


『あれー? それに手出しちゃったのぉ?』


 水晶玉にいるテオドールが梨沙の持っている本を指さして笑う。


『あなたの言う通り、檻を作ったのに! なんで効いてないの!?』

『効いてるよぉ半分。でもねぇ、禁忌を冒すには命が足りなかったみたい。代償はぁ、愛する人からの記憶だったみたいだねぇ』


 禁忌、とテオドールが口に出した瞬間、梨沙は絶望するように本を床に落とした。


『わたし……これで強くなれるからって……』

『強くなったでしょぉ? 1回きりだけどね』

『せんせーだって止めなかったのに!』

『信じてたんじゃない? 光の巫女候補者の君なら、禁忌だって使えるかもって。結局、禁忌は禁忌のままだったけど』


 お気楽に話して飛んでいくテオドール。

 その姿を眺めることもできず、梨沙は呆然と立ち尽くす。


『嘘つき……みんな、嘘つき』


 その後、行き場を失った梨沙は、魔王から目をつけられないように名を変え、姿を変え、性格を変え──全てを捨てて、アイリーンとなった。

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