認めてもらうために
魔王侵略から1ヶ月が経ったある日のこと。
梨沙は機関の中で苛ついていた。
『やっぱり我慢できない! シモン君、私と一緒にフリージリアに行きましょう』
奴隷から解放されたシモンはここ数日いつも梨沙と一緒にいた。
魔王軍の襲撃により調査を行っている邦彦に代わって護衛兼監視としてくっついてくるシモンに梨沙も業を煮やしていた。
『駄目だって何度も言われてるだろ。単独行動したって悪魔には勝てない』
『だからシモン君もついて来るんじゃない。私の護衛って言うんだったら言うこと聞いてよ』
『俺は世界がどうなろうとどうでもいい』
『またそういうこと言う。境遇が境遇だからわからなくないけど、私は光の巫女になるの。世界を救えなきゃ名乗る資格なんてない』
梨沙はいつになく落ち込んだ表情を見せる。
力はあるのに振るえないやるせなさは千花にもよくわかる。
そんな彼女の姿を見てもシモンは揺るがない。
『俺は指示通りお前を見るだけだ。諦めて待ってろ』
シモンはそう言うと訓練場へ向かった。
魔法の研鑽を怠らないのは今も昔も変わらないようだ。
その一方で、梨沙は何やら考え込んでいた。
『私は強いの。今まで私に勝てた人はいない。だから、私は戦える。そうよ、せんせーはいないんだから、私を止められる人はいない』
ぶつぶつと1人で呟く梨沙に千花は嫌な予感を覚える。
この光景に、千花も思い当たる節があるからだ。
(まさかこの人……っ)
千花がはっとテオドールを見ると、彼は次の展開を楽しむように笑っていた。
次の日、梨沙はシモンに向き合っていた。
『ねえシモンくん、本当に私と行く気はない?』
『何回も言わせるな。お前は来る日を待って……』
『なら心配ないわ』
そう言うと、梨沙はシモンの額に片手を当てる。
シモンが反撃するより前に緑色の魔法陣が彼を覆い、気絶させた。
『そうよね。私が間違ってた。シモンくんに頼らなくたって、私は戦えるもの』
梨沙はシモンをベッドに寝かせ、イアンの元へ向かう。
その行き先は、紛れもなく、フリージリアだった。
梨沙が入ったのは氷でできた美しいとも言える塔だった。
吹雪で全面を見ることはできないが、きっと悪魔の根城でなければ感嘆の声が漏れていただろう。
その塔の中心に、梨沙は1人で向かった。
魔王の住処だと言うのに、梨沙を襲ってくる者はいない。
もはや生物が住んではならない地域と化している。
梨沙も、魔法で体を守っていなければすぐにでも凍死していただろう。
『何者だ』
塔の最上階まで登りきった梨沙を待ち受けていたのは黒いフードを被った、しわがれた声の魔王だった。
梨沙は怖気付くことなく、氷の玉座に腰掛けている魔王を見据える。
『私は光の巫女。あなたを倒しに来た』
言うや否や梨沙は連続的に魔法を繰り出した。
炎と雷を合わせ、土と草を合わせ、攻撃をしていく梨沙の一方で、魔王は氷の壁を作り防御に入る。
『痴れ者が。我を誰と心得る』
『魔神の部下でしかない、魔王のうちの1人でしょ!』
(魔神?)
聞き慣れない言葉に千花は嫌な予感を覚える。
まさか魔王以外に敵がいるのか。
『私は負けない。あなたを倒して光の巫女だと認めてもらうの!』
梨沙は魔法の合間を縫って魔王へと近づく。
何をする気かと千花が固唾を飲んで見ていると、梨沙は魔王の目の前で魔法陣を展開させる。
『私のとっておき、見せてあげる』
魔法陣は光の球体となり、梨沙の手中に集まる。
梨沙はその球体を「パンッ」と叩き、呪文を唱える。
『永遠の牢!」
魔法は魔王をその場に閉じ込める檻となり、彼を封じ込めた。
『このままあなたは魔法も使えずにトロイメアへ連れていかれる。そこで浄化させるわ』
梨沙の狙いはここでトドメを刺すことではなく、自分の力を見せつけるためにトロイメアへ連れていくらしい。
だが魔王は焦ることも嘆くこともなく、落ち着いている。
『お前は、愚かな巫女のようだ』
『は? 捕まっておいて何を言って……』
『無知故に禁忌に手を出し、その代償を一身に背負うとは、人間ながら同情を覚える。そして、その禁忌も完全ではない』
魔王は油断している梨沙に手を出し、檻の中から氷の矢を発射する。
矢は梨沙の心臓を容易く貫き、塔から吹き飛ばした。
『死にはしない。死よりも更に苦痛に喘ぎ、生きていることを後悔するがいい』
梨沙は吹雪で何も見えない中、塔にしがみつこうと魔法を繰り出そうとする。だが──
『魔法、使えない……?』
いくら魔力を込めようとしても梨沙の体から魔法が出されることはない。
梨沙は信じられない感情と、死ぬかもしれない恐怖で顔を引き攣らせながら、真っ白で真っ暗な雪原へと飛ばされていった。