その日
水晶に映る梨沙はこっぴどく邦彦に叱られていた。
どうやら奴隷市場への乗り込みは許可を得ていたわけではなく、梨沙の単独行動だったらしい。
後始末に追われた邦彦は梨沙を正座させ、こんこんと説教をしていた。
『で、でもさせんせー、私が行ったから助かった命もあったってマーサさん言ってたよ』
『それはそれ、これはこれです。第一僕は行くなとは言っていません。ルートを作るので待っていろと言ったのです』
叱り方が今の邦彦よりも遠慮がない。
そこも信頼関係ができている証拠なのだろうかと千花は少し心の中がモヤモヤした気分になる。
『だってさ、あんな辛そうな人達見てたらいてもたってもいられなくなって』
きっと傷ついている人達を放っておけない性格なのだろう。
梨沙は落ち込みながらも、その瞳には後悔はなかった。
その態度を見て、邦彦も仕方なさそうに溜息を吐いた。
『今回は一か国でも手に負えない闇市場を殲滅できたのです。あなたの強さに免じて許しましょう。今後は単独行動はしないように』
『本当に!? ありがとーせんせー!』
コロッと態度を変える梨沙に邦彦は苦笑する。
その愛らしさが、梨沙を形作っている証拠なのだろう。
『それより梨沙さん、あの少年はどうするのですか。他の奴隷はともかく、彼はあなたが面倒を見ると言ったのでしょう』
シモンが指したのはベッドに座り込んでいる紫髪の少年。
千花はすぐにシモンだと気づいた。
『そうだよ。私の弟分にするの』
『2つしか違わないあなたがどう育てるのですか。教養から学ばせなければならないのですよ』
『そこは手伝ってよ。ね、パパ代わりのせんせー』
『僕はいつから子連れになったんですかね』
『だってマーサさんが言ってたよ。せんせー、男の子育ててるんでしょ』
『貰い手がなかったのでね。成り行きで』
『それはもうパパだよ』
やり取りを見ていると本当にこの2人は息が合っている。
千花も羨ましそうに見る。
『拾った者を捨てろとは言えません。幸いあの少年は魔法も使えるようです。あなたの見張り役にでもさせましょう』
『見張りなんていらないよ。私強いもん』
『では言い換えます。監視役にしましょう』
『ぶう!』
いじける梨沙は愛らしい。
彼女はそこからも大活躍を収めた。
ギルドの依頼でも誰も手を伸ばすことができなかった難題を軽々とこなしていき、国単位で人々を救っていったのだ。
平和な世界が流れていき、2年後、その日は突然訪れた。
『全魔導士を配置! 防御を突破されるな!』
怒号、悲鳴が轟く中、トロイメアを覆う防御の陣はどす黒い闇に攻撃されていく。
透明な陣にヒビが入り突破される直前、梨沙は光の巫女の威力を見せた。
『侵入不可の光!』
梨沙が叫ぶと防御の陣に膜が張られる。
二重になった防御に闇も為す術なく、押しのけられた。
たった1人の少女によって、トロイメアは難を逃れたのだ。
『何が起きたんだ!?』
『そんなことより今の魔力はなんだ。魔物の比ではない闇の魔力を感じたぞ』
『解明を急げ!』
だが梨沙の健闘を称えた者はいない。
梨沙は誰にも気づかれずに国を守ったのだから。
『どうして隠さなきゃいけないの。私がいたから皆救われたのに』
屋根に上がった梨沙は隣で険しい顔をしている邦彦に膨れ面を見せる。
『この混乱した状況で巫女の力を使える者が現れれば目をつけられかねません。それよりも、とうとう巫女の結界が破壊されましたか』
『大丈夫よ、私がいるもの。トロイメアは守られたし、後数年は安泰でしょ』
自分の力を信じ、勝利を疑わない梨沙はその後七大国の半数以上が魔王に乗っ取られたことを聞いた時も余裕そうに構えていた。
『せんせー、早く魔王を倒しに行こう。それで、私がこのリースを救うの』
『もちろんそのためにあなたを育ててきたわけですが、まだ国内の調査が終わっていません。戦いに行くには早すぎるかと』
『戦いに行くんじゃなくて倒すの。私、絶対負けないから』
『梨沙さん、力を過信しては……』
『だって私、こんなに成長したのよ。それにとっておきがあるんだから。ねえ、国の調査が終わってないんだったら最初にフリージリアに行きましょう。あそこは七大国って言ってももう生き物は住んでないんでしょ。それなら被害だって小さいはずだしまだ到着して間もないからまだ力だってないよ』
『相手は一国を乗っ取る程の魔力の持ち主です。もっと慎重に』
邦彦に全て否定され、梨沙は段々と機嫌を悪くしていく。
自分はできると言っているのに無謀だと言われていることが悔しいのだろう。
『何よ、せんせーの意気地無し! 何のために私がいるわけ!? この世界を悪魔の脅威から守るためでしょ。私の存在意義を無視しないでよ』
怒る梨沙に邦彦は困ったような表情を浮かべる。
梨沙の言うことも一理あるからだ。
『とにかく待っていてください。打開策を打ち出すまでは』
『ふん!』
あくまでも自分は悪くないというスタンスを貫く梨沙。
この時梨沙を縛りつけてでも機関に留めておけば、最悪の事態は起きなかった。
だが、この時は誰も予想できなかった。