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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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愛川梨沙という少女

 それは、千花が光の巫女候補者になる6年前の話。

 まだ七大国の大半が魔王に侵略される前の話だった。


「20年前から始まってた候補者探しなんだけどねぇ、この頃まで何も進展がなかったんだよぉ。まあ条件が厳しいからねぇ」


 水晶玉を見つめる千花にテオドールが補足を付けてくる。

 水晶に映っていたのは邦彦だった。

 数年前だと言うのに容貌が変わっていないのは一種の才能だろう。


「ここは、日本?」

「多分そうじゃなぁい?」


 千花の目の前にある風景は今まで見たリースの世界観とは違い、よく見たことのある日本の風景だった。

 マンションや一軒家が立ち並ぶ普通の住宅街。

 そのうちの1つに、邦彦は立ち止まった。


(ここは、愛川家?)


 薄く見える表札に千花ははっとなる。

 その間にもインターホンを鳴らそうとする邦彦が動き、その直前で家の扉がばっと開く。


『待ってたよせんせー!』


 飛び出してきたのは頭のてっぺんに一房髪が飛び出たいわゆるアホ毛が可愛らしい黒髪ボブと、丸い可愛らしい瞳が目立つ少女だった。

 少女は邦彦を見ると嬉しそうに駆け寄っていく。


『こら梨沙。急に飛び出したら先生にご迷惑でしょ。安城先生、ごめんなさい』


 少女の後に続いた品のある女性が代わりに邦彦に向かって謝罪する。

 姿からして少女の母親だろうか。


『お構いなく。待っていてくれたようでありがたいです』

『準備はできてるよせんせー。早く行こうよ。トロイメアに』


 ここは間違いなく日本であるはずだ。

 それなのに少女──梨沙は全く戸惑うことなくトロイメアの名を大声で口にした。

 過去の映像であれど千花が焦っていると、邦彦は困ったような顔で苦笑し、人差し指を口に当てた。


『駄目ですよ梨沙さん。いくら人がいないからと言えど、リースの件はここだけの話ですから』

『あ、そっか。ごめんなさーい。じゃあ行ってきますお母さん』

『はいはい、気をつけてね』


 あまりにも軽々と挨拶を交わす親子に千花は信じられないと言った面持ちでテオドールを見上げる。


「この頃はねぇ、巫女様みたいな孤児じゃなくて普通の家庭の女の子にリースの事情を打ち明けてお手伝いしてもらってたんだよぉ。もちろん魔王もまだいなかったからお家に普通に帰ってたし。もし会わなくても記憶を消せば良かったから楽だったんだぁ」


 最後の言葉が物騒で、千花は何も言わずに水晶玉に顔を戻す。

 時は進んでいき、梨沙と邦彦は訓練場に立っていた。

 ギルドのではなく、そこは千花が今立っている機関のものであった。


『せんせ! 私家でも練習したんだよ。事故になっちゃうから小さくだけどね。見てて』


 そう言うと梨沙は小さな火の玉を3つ作り出し、お手玉のように空中に放り投げては掴むを繰り返す。

 何周か遊ぶと今度は火の玉を風で包み、ボールにして的に向かって投げた。


『どう? 火は使っちゃダメってお母さんに言われてたから秘密で頑張ったんだよ』


 誇らしげに胸を張って自慢する梨沙に邦彦は子どもを相手にするように拍手して健闘を称えた。


『流石です梨沙さん。たった半年で、しかも独学でここまで上達する人は今まで見たことがありません』

(独学!?)

『だって機関の人達は誰も教えてくれないじゃんか。巫女候補者のことは周りの人には内緒だし、本を読んで頑張ったんだよ』


 千花は驚愕に目を見張る。

 千花も1年経たずに属性を数多く習得できた人間だが、それは優秀な教師がいたからだ。

 魔法の見本がなければ何年かかるかわかったものではない。


『もう後2年もすれば全属性使えるようになるよ。そしたら魔王なんていつ来たってへっちゃら』

『そうですか。それは頼もしいですが、根を詰めすぎて倒れないように、こちらは気長に待っていますね』


 邦彦の言葉はお世辞ではなく本心だったのだろう。

 いくら属性を半年で増やしたと言えど、魔法には相性もある。

 魔法の習得がどれだけ難しいかわかっている邦彦だからこそ、気長に、という言葉をかけられたのだろう。

 だが信じられないことに、本当に梨沙はたった2年で誰の協力も得ずに8属性をマスターしたのである。


『すごいでしょせんせー! せんせーが言ってた難しい光属性ももうお手の物』


 今梨沙が立っているのは魔物の群れの目の前。

 それも、全員倒されていた。

 10体は超える魔物に囲まれるようにして、梨沙は見守る邦彦にえっへんと背を反らした。


『まさかここまでとは。あなた、どういう訓練をしたのですか』


 邦彦も驚きを隠せなかったようで、声を上ずらせながら目の前の残骸を見下ろす。

 梨沙は「うーん」と悩み、答えを探しているようだった。


『何も特別なことはしてないよ。でも魔法を撃とうとするとね、なんかこう、こうするといいよって誰かが教えてくれるの。あ、もしかして神の思し召し的なやつ?』


 疑問形で聞かれても、邦彦は聞こえないのだからわかるわけがない。

 2年経って少し大人っぽくなった梨沙だが、それでも特徴的なアホ毛と茶目っ気ある性格は変わらなかった。


『それよりせんせー。私、ここまで頑張ったんだよ。もう魔物を退治するだけじゃ物足りないよ』


 戦闘意欲が高まってしまっている梨沙は拳を作って戦う仕草を見せる。

 だがこの時期はまだ魔王に侵略される前だ。

 ギルドから入る依頼をこなす日々以外に何をすると言うのだと邦彦が首を傾げていると、梨沙が提案してきた。


『ねえせんせー。私、この世界に奴隷がいるってことこの前きいたんだけど』

『ええ、ありますよ。違法なので取り締まられていますが、未だ根絶には至っていません』

『やっぱり違法なんだよね。そうだよね。じゃあいいチャンスだよ』


 嬉々として確認してくる梨沙に邦彦は嫌な予感を覚える。

 体を押し寄せてくる梨沙に引きながら邦彦はその思惑を考える。


『まさかとは思いますが、奴隷市場を壊滅しようなどと』

『名案でしょ!』

『駄目です』


 組織1つ壊滅させようとしている梨沙を邦彦は食い気味に止める。

 だがこうと決めたらテコでも動かない梨沙は独断で奴隷市場を調べ、たった1人で支配人複数名を倒し、奴隷全員を解放させ、会場全てを易々と破壊したのである。


(あれ? これってシモンさんが前に助けてくれたって言ってた少女の話?)


 千花が目を凝らして水晶玉を覗くと、逃げ惑う剣闘士の中で1人、呆然と佇む少年を見つけた。

 それは、今以上に傷だらけで痩せっぽちなシモンの姿だった。

 梨沙も同じくシモンを見つけ、その悲惨な姿驚きと怒りの声を上げた。


『あなた、とっても細いわよ!? こんな状態で戦ってたら死んじゃうじゃない。私と一緒に帰りましょう。うん、それがいいわ。決定!』


 そうだ。

 千花が拉致かと思うくらい強引に、シモンを救ったこの少女こそ、光の巫女候補者だったのだ。

 梨沙はシモンの手を引き自分の元へと引き寄せた。


『ねえ、私と行きましょう。こんな廃れた世界より、もっと幸せな未来を見せてあげる!』


 戸惑う少年の手を引いてコロシアムの中を駆け回る梨沙。

 その顔は晴れやかに笑っていて、世界が明るく見えているようだった。

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