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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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何でもかんでも秘密にして

「巫女様に正体を明かしてしまいましたわ。私ったら、本当にネジが抜けてるんですのよね」


 外は吹雪で何も見えない。

 バスラも霧が立ち込めて視界が遮断されていたが、ゼーラにとってはこちらの国の方が過ごしやすい。

 この極寒の地、フリージリアで生まれ育ったゼーラは、黒く光る氷の床をカツカツと音を鳴らしながら歩く。


「でもどうせ最後には自己紹介をするんですもの。それならいつしたって変わらないとも思ったのですよ」


 独り言にしては大きいその声に返事をする者はいない。

 いや、ただ1人、声は出さなくともゼーラを見据える人物がいた。


「1回の挨拶で巫女様に接触できて自分の正体も明かせたんです。こういうの、一石二鳥と言うんでしょう。私、ちゃんとお勉強してるんですのよ」


 得意気に胸を張るゼーラだが、答える声はない。

 その態度にゼーラは頬を膨らませて怒る。


「ちょっとは反応してはどうですか。私がこんなにも頑張って話しかけていますのよ」


 ゼーラは怒りを露わにしながらその余分に肉のついた腹を指でつつく。

 つつかれた本人は、振動でゆっくり前後へ動いた。


「……あら? もしかしてもう息をしてらっしゃらない? 大変! 私、寒さで人間が死ぬなんて知りませんでしたわ!」


 既に冷たくなり、硬くなった骸にゼーラは心底驚いたように謝罪する。

 だがその顔は晴れやかだった。


「ありがとうございます。あなたが死んでくれたおかげで巫女様に凍死させないで済みます。感謝致しますわ。えっと……」

「ゼーラ、何をしている」


 ゼーラが口に手を当てて考え事をしていると、頭上で低く冷徹な声が響いた。


「そのような傀儡と戯れている時間はない。早く光の巫女を連れてこいと何度も命令しているだろう」

「……ええお父様。もう、連れてきてもよろしいかと思われますので、早急に」


 ゼーラは父と名乗る者に軽く返事をし、その場を後にした。

 死体となった彼は──ローランドは縄を切られ、暗く冷たい絶望の雪原へと捨てられていった。






 少々──いや、かなり危険な特訓という名の追いかけっこのおかげかはわからないが、千花は凄まじい成長を見せた。


「フレイムサンダー!」


 雷の威力を伴い白くなった炎は千花の手中から勢いよく噴き出し、制止している的を木っ端微塵に破壊した。


「できた……できましたよシモンさん!」


 自分の手から初めて魔法が出たとでも言うように千花は喜びを爆発させる。

 そんな彼女の姿を見てシモンは頷きながら小さく拍手した。


「やっぱり荒療治して正解だったな」

「否定はしないけど二度とやりたくないですからね!」


 必要とあれば容赦がなくなる興人の炎魔法と雷魔法に追いかけ回されること2週間。

 直接攻撃されることはなかったものの、このまま逃げ続ければ体よりも先に心が悲鳴を上げると考えた千花は魔法のイメージをよく観察した。

 見て、感じて、触れて、そして1週間前に7属性を習得し、今日ようやく合わせ技を完成させた。


「こんなに早く魔法を使えるようになるなんてな」

「珍しいことなんですか?」

「俺が見た中でもリサとお前くらい……」


 口を滑らせたことに気づいたシモンがはっと言葉を途切らせるのと、千花が「リサ」の名に違和感を覚えたのは同時だった。


「りさ?」

「あ、ああいやなんでもない。ちょっと昔の友人を思い出しただけで」

「それって、愛川梨沙さんのことですか」


 千花の口から飛び出た言葉にシモンは目を見開いて固まった。


「なんで、知ってるんだ」


 次に失言に気づいたのは千花の方だった。


「えっと、えっと、偶然ファイルを見つけまして。わ、わざとじゃないんですよ。元光の巫女候補者だから興味が湧いちゃって。あの、怒ってます?」


 シモンの不穏な空気に気づいた千花は焦りながら言い訳を繰り返す。

 これが言ってはいけないことだということはわからなかったが、この嫌な空気は一度経験したことがある。

 半年以上前、興人に光の巫女だと言いふらした時に邦彦から注意された時と同じだ。


「いや、怒ってない。ただ知っていることに驚いただけだ。だからそう、お前は何にも悪くない」

「私は……? 誰も悪いことなんてしてないですよね」

「いや、そうだな。チカ、1つ忠告しておく。リサのことは今後一切忘れたふりをするんだ」

「え?」

「名前も、巫女候補者だったことも、お前と似ている人間だということも、全部忘れるんだ。理由は聞くな」

「なんでですか」

「なんでもだ」

「なんで全部秘密にするんですか! 安城先生もシモンさんも、全部全部なかったことにして! どうせいらなくなったら記憶を消すんでしょう!?」

「チカ、落ち着け。事情があって隠してるんだ。お前を仲間外れにしたいんじゃない」


 シモンが大人の対応で千花を宥めてくる。

 その落ち着きようと自分の憤慨している姿のギャップに千花の怒りのメーターは上がっていく。


「何でもかんでも気にするな、お前には関係ないって言われて、不安になってる身にもなってくださいよ! 梨沙さんはさぞ優秀だったんでしょうね! じゃあ全然戦えない私より梨沙さんに頼めば……っ」


 千花の言葉は最後まで言えずに途切れた。

 シモンが彼女の頬に向かって手を上げてきたからだ。

 千花が呆然とするのと同じくして、シモンの表情は怒りと言うよりも悔しさに近く、次いで自分の行動に驚きと焦りを向けていた。


「わ、悪かったチカ。女に、いや、何も悪くないお前に手を上げるなんて最低だ。本当にごめん」


 ここまで焦るシモンは初めて見るが、千花はそんなことよりも彼に手を上げさせるまで追い詰めてしまった自分の言葉に後悔していた。

 シモンは、いくら感情的になっても千花に、女や子どもに手を上げる人ではなかった。


「……ごめんなさい、シモンさん」


 水袋を作り頬を冷やしてくれようとするシモンの手を力なく押し返し、千花は訓練場から出ていこうとする。


「ちょっと、頭を冷やしてきます」


 これ以上シモンを悪者にしないように千花は涙を堪え、重い空気が漂うその場を去った。


「……これでいいんだよなクニヒコ」


 突然出してしまった攻撃はシモンも痛かった。

 その手は何を守るべきものなのか、理解しているはずなのに傷つけてしまった。


『たくさん殺してしまったなら、今度はその倍、命を救っていきましょうよ』


 シモンは前髪を崩すように握りしめ、その場に座り込んだ。

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