私は、強くなりたい
どこの世界でも人間は立ち直る力が早い。
半年もすればトロイメアはほとんど元の形に戻っていた。
まだ細かい建造物は完全に修復したわけではないそうだが、立ち入りが許可されている所も多々あり、活気も戻ってきている。
(私は、この人達のために戦いたいのに)
千花はギルドへ向かう道中も、暗い面持ちで歩いていた。
元はと言えば千花をリースへ招いたのは邦彦だ。
その本人が今度は戦わなくていいと言うとは何事だと千花の中で怒りや悔しさが混ざり、どうしていいかわからなくなる。
(頑張って属性を増やして、大変でも人を救うために一生懸命特訓してるのに)
下を向いて歩いていた千花は前から来た背の高い男性と肩がぶつかってしまう。
転けることはなかったが、あちらも千花に気づかなかったようで強く肩に衝撃が当たる。
「痛い……」
ただぶつかっただけなのに人は辛いことが続くとどん底へ落ちていくようだ。
千花はぐっと奥歯を噛み締め、涙を堪える。
(泣いちゃだめ。こんな所で、泣いたら)
周りに心配をかけまいと千花は顔を上げる。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、千花は再びギルドに向かって歩き出した。
(私は、絶対逃げない。安城先生の言いなりにはならないの)
千花は先程の混乱を払拭するように、心の中で宣言した。
「お前、何かあったか?」
「へっ!?」
肩慣らしの訓練も終え、魔法の訓練に移って数分、シモンは千花の動き方を見ながら首を傾げる。
千花が素っ頓狂な声を出すと更に不思議そうにしていた。
「そんなに驚くことか?」
「いや、何かって、例えば?」
「魔法の動き方に変化がありすぎる。よくわかんねえけど、いつも集中できてる基礎魔法すら戸惑いが見られる。やっぱなんかあったろ」
こういう時のシモンは勘がいい。
千花が目を泳がせていることにもすぐ気づき、片手で彼女の顎を掴んで目を合わせてきた。
「隠し事か、巫女さんよぉ?」
「あの、そんな大したことでは」
「そうやってはぐらかす時は大体重い悩み事だってことくらい一緒にいりゃわかんだよ」
「そ、そんなこと」
ウォシュレイの時以来シモンには何でも見通されているような感覚がする。
今は運良く興人もいない。
本当はあまりこういうことをしたくないが、ここまで来たら逃げることはできない。
「あの、他の人には内緒にしておいてくださいね」
千花は諦めてシモンにのみ白状することにした。
久しぶりに邦彦に会ったこと。
邦彦からもう戦わなくていい、浄化だけすればいいと言われたこと。
千花にとってはそれが戦力外通告を受けたようでショックだったこと。
全て話した後、シモンから返ってきたのは大きなため息だった。
「お前ら、コミュニケーション下手くそか」
「わ、わかってますよ! でも私だって戸惑ってたんだから何も反論できるわけないじゃないですか」
呆れて死んだ目を向けてくるシモンに千花は頬を膨らませながら怒る。
その姿を見て、シモンは何か考える。
「お前、クニヒコに対してだけ話しづらそうにするよな。前から遠慮があるっつーか」
「先生だからかな」
「俺も教師だからな、一応」
千花から一線を引かれ、シモンは「おい」と彼女の言葉に物申す。
「で、だ。お前はクニヒコの指示に対してどうしたいんだ」
「……私は、どれだけ辛くても自分の手で皆を救いたいです。少なくとも、ウォシュレイで悪魔にされた人間の皆さんみたいな光景は二度と見たくない」
「なら、強くならないと駄目だな」
千花の思いに、シモンは座っていた所から立ち上がり、彼女を見下ろした。
「安城先生の方に味方しないんですか」
「前にも言ったろ。俺は世界がどうなろうと構わないって。それでも誰かに味方しなきゃならねえなら、俺はお前を助ける」
トロイメアの女王、シルヴィーでさえ邦彦の意見を支持していると聞いて、千花は従わないといけないと心のどこかで思っていた。
それが、シモンの言葉によって味方がいることに気づいた。
「さて、そうとわかれば特訓あるのみだな。今のままじゃ、クニヒコの言ってることも否定できねえから、さっさと強くなるぞ」
「はい!」
千花は力強く返事をし、魔法杖を手にシモンの後を追いかけていく。
「まずはお前の苦手な炎と雷魔法だな。半年かけても中々基礎から抜けねえな」
「炎も雷もわかってはいるんですけど怖いんですよ。火傷しそうだし暴走したら止められないじゃないですか」
土や、草、水と違って、この2属性は直接攻撃要因になる。
自分で発動すれば痛くないとわかってはいても、やはり火傷の経験がある千花は中々手出しできない。
「そこだよな。俺は元々そんな感情を魔法に持ち合わせてねえから教えようがねえんだよ。その怖いを払拭できる何かがあればいいんだがね……」
「遅くなりました」
シモンが腕を組み、訓練方法を考えている間に、任務で遅れていた興人が合流した。
「興人、お疲れ様。見回りは大丈夫だった?」
「ああ、問題はなしだ」
「オキトがやれば」
千花と興人が雑談をしている時に、シモンが何かに気づいたように声を出した。
「シモンさん?」
「いい案だ。オキト、お前一時的にチカの教師になれ」
「え?」
「駄目ですよシモンさん! 私、興人に教師頼んで死にかけたんですから」
話の流れが見えない興人と一度炎の渦に殺されかけた千花が同時に答えるが、シモンは構わず続ける。
「教えるんじゃない。オキトは炎と雷の魔法なら完全に扱える。荒療治になるが、散々魔法に追いかけ回されれば体は徐々に属性に慣れていく。だから殺されかけるのはむしろ正しいんだ」
「ああ、そういうことですか」
「そういうことですか、じゃないよ興人! シモンさんもなんで急にそんな荒療治思いつくんですか!?」
「俺がやると止めるやつがいねえだろ。大丈夫だ。本当に死にかけたら止めてやるから。お前は魔法使わず逃げ続けろ」
「鬼がいる!」
確かに強くなりたいとは言った。
死にたくない千花は散々首を横に振ったが、訓練の鬼と化したシモンには逆らえず、結局日暮れまで興人の魔法と追いかけっこを楽しんだのだった。