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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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あなたはもう戦わなくていい

「な、なんだったの」


 ゼーラの突然の登場、そして失踪に千花はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 聞きたいことはたくさんあったはずなのに、それより攻撃を急いでしまった自分に今は後悔するしかない。


「悪魔の優良児って、どういうこと? 敵対心はなかったけど、あの言い方だと必ず戦う気はあるはずだし」


 気まぐれに現れて千花を混乱させて帰っていったゼーラに落ち着くことができないでいると、背後で草を踏む音が聞こえてきた。


「!」


 千花はここにいる理由を即座に思い出し、魔法杖を急いでしまう。

 同時に約束の人物が千花の目の前に現れた。


「こんにちは田上さん」

「こ、こんにちは、安城先生」


 約半年ぶりの邦彦は特に変わった様子はなかった。

 千花も容姿は変わらないが、邦彦と会うというのに目が合えなかった。


(あれ? 私おかしい。安城先生に会えるの、待ってたはずなのに)


 千花は自分の動悸が強くなっていく様を感じる。

 きっと邦彦に初めて会った女子も同じ気持ちになるのだろうが、その気持ちでないことは千花の背中を伝う冷や汗が物語っている。


「田上さん、大丈夫ですか。顔色が優れませんよ」

「だ、大丈夫です! 寒いだけですから」


 なぜこんなにも嫌な予感がするのか、千花は自分を誤魔化すようにぎこちなく笑って返答した。


「そうですね。最近はめっきり寒くなりました。最後にあなたと会ったのは真夏ですから、時の流れは早いものですね」


 話を引き延ばそうとする邦彦に心臓は更に早鐘を打つ。

 邦彦は、伝えたい用件があれば先にしっかりと伝えてくれるはずだ。


「で、ですよね。それなら早くトロイメアに行きましょう。あっちはここまで寒くないですし」


 千花は恐ろしい何かから逃げるように泉を指して邦彦を誘う。

 だが急く千花とは裏腹に、邦彦はその場から動かず覚悟を決めたように千花に向き合う。


「田上さん、僕はあなたに謝らなければならない」

「え?」

「トロイメアが水没したあの時、あなたに心無い言葉をかけたでしょう」


 千花も覚えている。

 というよりも邦彦のことを思い出す度に胸に引っかかっていた言葉だ。


『あなたは必要ない』と。


 そのことを、邦彦も気にしていたのだと思うと、千花はどこか安心した。


「あの時は、考え無しにあなたを追放しようとしました」

「だ、大丈夫ですよ! 私、そんなことで落ち込む人間じゃないですから」


 本当はかなり傷ついていたが、今は関係を修復するためにわざと嘘をつく。

 しかし邦彦がそれで元に戻ることはなかった。


「言葉足らずに言い、あなたを混乱させたこと、本当に申し訳なく思っています」

「いや、だからその件はもう大丈夫で……」

「なので今度ははっきりとあなたにお伝えします。田上さん、あなたはもう、戦わなくていい。浄化だけしてくれれば良いのです」

「…………え?」


 邦彦が真剣な眼差しで千花を見つめ言葉を発する。

 千花は、全く言葉の意味を理解することができなかった。


「戦わず、浄化だけ?」

「ずっと考えていました。田上さん、あなたは戦いに不向きな人間です。世界を守りたいと思う一方で、まだ魔法の技術は未熟です。そんなあなたに悪魔を倒させ、魔王を退け、浄化まですることは荷が重すぎます」

「だから、浄化だけに専念すればいいと?」

「ええ。既にトロイメア女王陛下には許しをもらっています。魔王と戦うのは騎士や魔導士のみで良い。あなたは光の巫女として、人々を救ってください」


 千花は嫌な予感が何を原因としているのかわからなかった。

 それも今ならようやく理解できる。

 邦彦は、千花を光の巫女としか見ていなかった。

 千花を、戦える人間だとは見ていなかった。


(『必要ない』って、そういうこと?)

「魔王の魂を引き出すには弱らせないといけないんですよ。それを、私はさせてもらえないんですか」

「ええ。田上さんはもう辛い思いをしなくていいんです」

「じゃあ、誰かが代わりに傷つくってことじゃないですか」

「それでいいんです」


 千花は信じられないと口走ってしまいそうになる程目を見開いて眉を寄せる。


「おかしいです、安城先生」


 千花は拳を握りしめ邦彦を睨む。

 その表情は、怒りの感情そのものだった。


「ウォシュレイの、犠牲になった騎士さん達を忘れたんですか。私、二度とあんなことになってほしくないから戦うんですよ」


 千花の意思を聞いても、邦彦は首を横に振って否定した。


「もうそこまでする必要はありません。あなたが無理をする必要はないのです」

「無理なんてしてません。私は戦えるようになりたいんです。傷ついた人を守れるように」

「いりません」

「どうしてですか」

「あなたを、神にしたくないからです」


 邦彦の言っていることがよくわからなかった。

 千花は以前シモンに言われたことを思い出した。

『お前は人間だ。神にならなくていい』と。


(でも、安城先生の言い方だと、まるで)

「安城先生は、私に神になってほしかったんですか?」


 千花の質問に邦彦は答えなかった。

 代わりに、千花に背を向けて高校の方へ戻ろうとする。


「短い時間しか作れずすみません。田上さん、あなたが戦わなくて済むように、こちらで手配しておきます」


 そう言うと、邦彦は千花の返事を待たずに別れを告げてしまった。


(私は、皆が代わりに傷つくくらいなら)

「自分で戦いたい」


 寒空の下、千花は虚しさともとれる感情を抱き、どうにもならない気持ちを泉に残した。

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