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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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偶然の産物

「安城先生? うん、確かに週に1回は授業があるけど」


 千花と唯月はリースへ続く泉の前まで足を運び、話していた。

 冬場ともなればコートを羽織らなければ凍える程の寒さだが、唯月はヴァンパイアだからかそこまで寒さを感じていないようだ。

 むしろなぜここまで呼び出されたかわからないといった顔をしている。


「どんな様子ですか? 忙しそうにしてますか?」

「うーん、忙しそうではあるけどそれはいつもと変わらない。というか田上さん、安城先生とはいつも一緒にいるんじゃないの? ほら、魔王の討伐隊なんだよね、2人とも」

「それがその、気づいたら半年は会ってなくて」

「半年も!?」


 唯月の驚きも無理はない。

 千花だって無関心にも程があった。

 いや、無関心なわけではなく、他の勉学と魔法の訓練に心を燃やしすぎていた方が正しい。


「その、トロイメアだと安城先生、王宮にも仕事があるみたいで声がかけにくくて。私もすぐにギルドに行って訓練に走っちゃうし」

「そっか。学校だと別の意味で安城先生は人気だしね」

「授業もない1年の私が声をかけたらファンクラブの人達が何を言うか」

「ファンクラブなんてあるんだ」


 邦彦の裏の顔を知っている唯月も千花と同じ反応を返した。

 そして何かを思いついたように「そうだ」と手を打つ。


「僕が安城先生に伝えておいてあげようか。田上さんが会いたがってるって」


 唯月の親切心は嬉しいが、千花は二言目で噎せた。


「べ、別に会いたがってるわけではないですよ!?」

「そうなの? でもこうやって気づかれないように聞くってことはよっぽど話したい用件があるんじゃないの?」

「あーえっとー……ただ近況を聞きたかっただけというか」

「自分で会って聞きなよ。口添えしてあげるから」


 そう言うと、唯月は立ち上がってしまう。

 元々別の用があって偶然出会ったのだ。

 これ以上時間を取らせては申し訳ない。


「なるべく会えるようには言ってあげるからね」

「あ、ありがとうございます」


 何かいらぬ誤解を唯月はしていそうだが、千花の中では邦彦に会いたい思いと会いたくない思いで色々混在している。


(最後に会ったのは女王陛下との謁見中。でもその前は、巫女として必要ないって言われたしな。もし意図的に私と会わないって決めたんだったら、今の状態で再会してもきっと答えは変わらないよね)


 邦彦の真の意味を知らない千花は、半年間ずっとたった一言の言葉を胸に残していた。


『田上さんは、もう必要ありません』


 浄化が必要な中、なぜ邦彦は敢えて千花を引き離したのか。

 考えを巡らせていっても、千花にはわからない。

 気づかいだとは、どうしても思えなかった。


(私、どうしたら巫女になれるかな)


 千花は寒さに1つくしゃみをして、急いで校舎に戻ろうとした。






 唯月は参考書を片手に、先に校舎へ戻った。

 本当は千花も連れて戻ろうかと考えたが、何やら彼女は彼女で思い詰めた風貌を見せていたため、深追いすることは避けたのだ。


(ウォシュレイとトロイメアの一件はバスラにも伝達が来ていた。水が苦手なヴァンパイアは加勢も何もできなかったけど、魔王を討伐したことはこっちにも流れてきた)


 1年も満たないうちに、3年間支配されていた大国が3つも救い出された。

 たった1人の少女が奮闘した結果だと、一体どれだけの国民が知っているだろうか。


(救い出されたうちの1人に僕も入ってること、田上さんは自覚してるかな。彼女の性格なら、大したことじゃないと言いそうだな)


 悪魔に支配されていないこの地球に被害が及ばないことを願いながら、唯月は顔を上げ、目の前にいる人物に「あっ」と声を上げる。


「安城先生!」


 次の授業が来週、と考えて、声をかけるタイミングを考えていた唯月だった──質問と称して女子に囲まれる邦彦には中々近づきにくい──が、職員室を通った所で会えた偶然に感謝しつつ、邦彦の名を呼んだ。

 邦彦もすぐに気づき、足を止めてくれる。


「これは風間君。話すのは久しぶりですね」

「こんにちは。急に呼び立ててすみません」

「構いませんよ。何か用事があったのでしょう」

「はい。今田上さんと話していまして」


 千花の名を出した途端邦彦の表情が強ばる。

 だが一瞬のことだったため唯月は気づかなかった。


「もう半年も会っていないということで気にかけていました。話したいこともあるそうで」

「そうですか。今はどこにいますか」

「えっと、話したのは泉の所なんですけど、人間には寒い気温だし、もう校舎に戻ってると思います」

「そうですか。ありがとうございます」


 邦彦は礼を言うが、その表情はなぜか曇っていた。

 予想していた反応と違うことに唯月は気づき、誰もいないことを確認してから話を続けた。


「あの、安城先生。もし魔王討伐に必要でしたら僕も呼んでください。できる限り、力になります。いや、あまり戦力にならないかもしれないけど」


 最後の方はしりすぼみになる唯月は、それでも国を救ってくれた千花達一行のために何か力になりたかった。


「ありがとうございます。必要な時はバスラを通じて協力を仰ぎます。ただ」

「ただ?」

「いえ、何でもありません。それでは風間君、今後も頑張ってくださいね」


 呆けている唯月に挨拶をすると、邦彦は踵を返して目的の場所へと歩みを進めていく。

 その顔は暗かった。


(もう、田上さんに協力してもらうことはないと思いますが)


 静かに黒い思いを抱いて、邦彦は先を急いだ。

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