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光の巫女  作者: 雪桃
第9章 悪夢のような冬
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時は過ぎて

 何かに熱中していると時が経つのは早いとはよく言うが、千花はカレンダーを見て驚きを覚えた。


「もう12月!?」


 何も千花は時空を超えたわけではない。

 毎日日付を確認しながら課題や試験までの勉強を行ってきた。

 それでも、教室の黒板に書いてある日にちが11から12になった時には自分の目を疑うしかなかった。


「早いよねー。もうすぐ冬休みなんだよ」


 千花が驚くのと同じように時の移り変わりが早いことを実感している春奈が隣に来て頷いてくる。

 ある意味千花が感じている時間の流れとは少し異なるが、大人になるにつれて時が早く流れる感覚とはこういうものなのだろう。


(そっか。もう、半年が経つんだ)


 千花は無意識に変えていた冬服も、冷たく感じるようになった冷気もようやく気づいて、1人驚愕していた。

 千花がここまで時の流れに鈍感だったのは一重に多忙を極めていたからだろう。


(この半年、ずっと魔法の訓練と勉強しかしてこなかったから)


 属性を増やすことは簡単な話ではなかった。

 集中すれば水も炎も雷も操ることができるが、実践で使うとなると話は別だ。


『コツはもう掴めてる。後は瞬発力を鍛えて魔法を繰り出すだけだ』


 シモンは励ましてくれているが、今まで相性の良かった地属性と草属性の成長と考えれば、何ヶ月経っても上達しない魔法技術に焦りを感じていた。

 興人も同じく属性を増やしていたが、千花より長く魔法に触れてきたからか成長速度は上がっている。


(ようやく物になったと思えば今度は他の魔法が疎かになるし、合わせ技なんてまだ1つも習得してないし)


 中々現実を受け入れきれない千花は大きく溜息を吐く。

 そんな千花の心配を他所に、「そういえば」と春奈が話を変える。


「最近安城先生見ないね。1年の受け持ち授業がないからこの階に来ないのは知ってるけどさ」


 邦彦の名が出た途端、千花はピクリと肩を動かした。


「……確かに」

()()、会ってない)

「だよね。モテモテな先生のことだから先輩達に捕まってるのかな」


 春奈との話には少し掛け違いがあるが、彼女はそれに気づいていない。

 そんな中、千花は焦りとはまた違う心のざわめきを覚えていた。


(この半年、機関でもトロイメアでも学校でも、どこに行っても安城先生を見ない。あれだけ魔王討伐で一緒にいたのに)


 最後に会った邦彦と言えばシルヴィーへ千花が謁見しに行った時に同行してくれた姿だ。

 あれ以来、話すどころか見かけることすらしていない。


(忙しいのはずっと前から知ってるけど、顔も合わせることができないの?)


 千花が考え込む姿を見てか、春奈は首を傾げた。


「どうしたの千花。安城先生のファンクラブにでも入ってたっけ」

「入ってないよ。そんなものあったの?」

「非公式だけどね。ただ推しを眺めて応援するグループみたいだけど」

(安城先生、ちょっと嫌がりそう)


 いくら受け流すことが得意な邦彦と言えど、本性を知っている千花から見れば外野できゃあきゃあ騒がれている身になれば嫌気が差すだろう。

 特に今は魔王討伐も佳境に入っている。


(考えることが山積みで潰されそう。私も青春を謳歌する側だったはずなのに)

「千花、大丈夫? さっきから上の空なことが多いけど」

「えっ!? あ、ああうん大丈夫。ふ、冬休みも課題出るんだろうなと思って」

「本当それ。年始くらいゆっくりさせてよね」

「うん。帰りたい……いや、帰ってのんびりしてたいよね」

(今年は私、帰れそうにないけど。お母さん達は理解してくれてるから、早く魔王を倒そう)


 千花は呑気に愚痴を吐く春奈に笑いかけながら、机の下では握り拳を作っていた。






 春奈と別れて千花は図書館へと向かっていた。

 年末前に中間試験があり、資料を取りに行くのだ。


(まだ授業全部は追いつけてないけど、自分の勉強法はわかってきたから今度も赤点回避目指して頑張ろう)


 邦彦がいない今、勉強を見てくれる人は教師以外いないが、他の生徒も同じなためみっちり個別指導をしてもらえる機会はほとんどない。

 自力で試験を突破できる力をいつの間にか千花は身につけていた。


(とは言え、この参考書の量、流石はマンモス校というか。何が合っているのかいまだにわからないんだけど。ていうか、この壁みたいな本の数、デジャブというか)


 機関の中でも見たことのある目眩を覚えそうな程の教科別参考書に千花は辟易する。

 背表紙にタイトルが書いてあるだけ親切だと思ってしまうのは一種のトラウマかもしれない。


(この前わかりやすいと思った参考書は……あった。でも高い所にある)


 千花の身長では脚立を使わなければならない位置に目当ての本はある。

 こういう時、魔法が使えれば飛んで掴めるのだが、死角とは言えすぐ近くには一般生徒がいる。

 万が一通りすがりに見られれば大惨事どころの話ではない。


(脚立借りに行くの面倒だなぁ。どうにかして届かないかな)


 背伸びをすればギリギリ届かなくもない。

 千花は鍛えた体幹を駆使してつま先立ちをしながら腕を伸ばす。


「ふぐ、ぅ……」


 情けない声を出すくらいなら脚立を借りに行った方が早いだろうに、と誰もが思う体勢で指先だけが参考書についている千花はやけになってこっそり風魔法を使おうとする。

 だがその直前、後ろでその参考書を取られた。


「あっ」

「お目当てはこちらですか? 田上さん」


 千花がよろめきながら立ち直っている間に、参考書を取ってくれた人物はそれを彼女に差し出す。

 その声を聞いて千花ははっと顔を上げた。


「風間先輩!」


 驚きに千花が声を上げる中、当の本人──唯月は「しー」と人差し指を立てて口に当てる。


「久しぶり。元気そうで何より」


 ヴァンパイアの国・バスラでの一件以降何かと会えていなかった唯月が千花に向かって笑いかけている。

 元気そうな姿を見て千花は日常を取り戻せたのだと1人安堵する。


「風間先輩こそ。また学校に来れて良かったです」

「これでも生徒会役員だったからね。頑張って体も治したよ」

「先輩も試験勉強ですか」

「そう。僕も参考書を見つけたから寮に戻って勉強しようと思って。それじゃあまたね」


 手を振って別れを告げる唯月に千花も手を振ろうとして、思い直す。


(あれ? 安城先生って2年生の授業も担当してたよね)


 思いついた瞬間千花は飛び跳ねるように唯月を引き止めた。


「風間先輩、お時間ありますか!?」

「え? 試験勉強以外なら特に」

「ちょっとお話に付き合ってもらえませんか?」

 

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