ぎくしゃくした関係
ギルドに着いた千花はまたもカイトがミーハーな娘に取り囲まれないように急いで訓練場へと案内した。
横目でカウンターを見ながら、今日もアイリーンがいないことに心配になる千花だが、そんなことはすぐに別の感情によって掻き消された。
「ウィンドスラッシュ」
訓練場に足を踏み入れた千花をすり抜け、風の刃がカイト目がけて突風と共に襲いかかる。
「危ないっ!」
焦って魔法杖を取り出す千花だが、カイトは一切慌てた様子はなく、片手で青い魔法陣を展開すると水で出来た壁を作り出し、刃を相殺させる。
「流石は自分で立候補しただけはあるな。瞬発力も魔力も申し分なしだ」
カイトに攻撃した張本人であるシモンは悪びれもせず賞賛を送っている。
ただし、カイトは不愉快そうに青筋を立てている。
「無礼にも程がある。今この場で串刺しにしてやろうか」
普段の音から一気に低くなったカイトの声に千花は顔色を悪くしながら止めに入る。
「か、カイト、落ち着いてください! これにはその、訳があって」
「実力を測るためか? このような乱暴なやり方でお前達はもてなすのか」
「あ、あのぉ……それはですね」
千花も以前同じことをされたため怒る気持ちは痛いほどわかるが、今ここでシモンと戦争を起こされては困る。
だが怒りを差し向けられているシモンは焦るどころか肩を竦めて千花達に割って入ってきた。
「悪かったな王子さんよ。俺は戦いでしか相手の器量を判断できねえから荒療治で試させてもらった。もちろん寸でで止める気ではいたが、あの魔王戦を生き抜いたあんたが俺の攻撃を見破れないわけがねえと思ったのさ」
どこからそんな自信が来るのかと千花はツッコミを入れたくなるが、カイトは不快そうな顔はそのままに、殺意だけは隠した。
「無駄な殺生は好まない。今日のところは巫女に免じて許してやる」
「はいはいありがとうございますとでも言えばいいか?」
何だか相性の悪い2人に千花は居心地が悪くなる。
よく考えてみればシモンは奴隷生活の中で王族や貴族といった類の人間を忌避しているきらいがある。
人種は違えど王族のカイトもまとめて嫌っているのかもしれないと考えると、ここに連れてきたことで逆に関係性が悪くなる可能性もある。
(興人、早く戻ってきて)
最初から険悪モードの2人に挟まれ、早くも千花は弱音を吐きそうになった。
5体いる魔王のうち3体は既に千花が倒した。
その事実は変わらないが、ここから更に死闘が待っていることは変わらないだろう。
千花が少しでも楽に戦えるようにということで連れてこられたカイトも例外なく訓練に参加することになった。
「カイト、訓練はしたことありますか?」
「そこの男と言い、お前達は我を馬鹿にしているのか」
カイトに睨まれ、千花は「ひっ」と小さく悲鳴を零した。
「ウォシュレイを護れるように、母上から散々海で使える魔法は鍛えられている」
「ああ、水魔法、たくさん使ってましたもんね」
「後は、音属性の魔法も使ってたな」
「え?」
カイトが水を操っていたことは千花でもよくわかっていた。
人魚だから得手としていることは知っていたが、シモンの言葉に千花は首を傾げるしかなかった。
「人魚の歌だよ」
「歌、って」
千花はカイトがよく歌を口ずさんでいたことを思い出す。
確かに美しい歌声を何度も聞いていたが、あれも魔法の一種なのかと更に謎めいていると、シモンが丸くて虹色に光る小石を地中に埋めた。
「百聞は一見に如かず。王子、見せてやれ」
シモンに指示されたカイトは溜息をつきながらもその薄い唇を開き、か細く、けれど耳に残るくらい力強い音を訓練場に響かせる。
その瞬間、地響きが訓練場を襲った。
「!?」
突然の地震に千花が驚いて防御の姿勢に入ろうとするが、シモンはその行動を制止させてある一点に指をさす。
「これが音を操るってことだよ」
「え?」
物が落ちてきても大丈夫なように頭を守りながら、千花はシモンが指した方向を見る。
目を凝らしてみると、そこには埋められていたはずの虹色の石が浮き出てきていた。
「音魔法の一種、浮き出しだな。隠れた獲物を地中から出すことができる」
「これ、人魚じゃなくてもできるんですか」
「ああ。音属性は合わせ技としてよく使われる。お前も覚えたら更に上達するかもな」
新たな属性を覚えられるとなれば、千花には学ぶ他ない。
シモンもそれがわかっているのか、カイトに見本を見せたのだろう。
「いいぞ。お前の上達度を考えれば音属性はすぐに習得できるだろう。合わせ技の習得と、一気に使える属性を増やすぞ。いつ独り立ちしても大丈夫なようにな」
「独り立ち……しなくてもいいように自分の身を守ってくださいね」
再びシモンが死の淵に立つことになる未来だけは考えたくない千花は、首を横に振って独り立ちしたくない主旨を恐る恐る伝える。
ついでに、聞いておきたいことがあった千花はシモンに耳打ちする。
「ところでシモンさん、カイトのこと、あまり得意ではないですか」
「なんでだ」
「ほら、その、王族ですし。シモンさん、苦手でしょう」
千花の聞きづらい雰囲気に気づいたのか、「ああ」とシモンは関係性に気づき、納得する。
「いや? あいつには元よりそんな風に見たことはない」
「本当に?」
「もちろんだ。さっき攻撃したのだってわざとだよ。わざと」
「……本当に?」
やはり色々な意味でカイトには闘いまで待っていてもらった方がいい。
そう考えた千花は、今後のカイトの登場を考えることにした。