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光の巫女  作者: 雪桃
第8章 それぞれの思惑
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偶然の産物

 千花は薄っぺらいメモ用紙を手に、目の前の光景をただ呆然と見上げていた。

 空間の魔法で広くしているのか、3メートルは超える棚の中にはぎっしりと本が並べられている。

 分厚い装丁がされた本に論文がまとめられた束のようなファイルが所狭しと並べられ、不安定な梯子が所在なさげに棚に寄りかかっている。


「えっと、この中から、2冊探すの?」


 シモンが手伝えないことに反発していた理由がようやくわかった。

 背表紙を見るとタイトルが書いていない蔵書も多くあり、中身を確認しなければどのような内容なのかすらわからない。

 そしてライラックが頼んできた本のタイトルはどちらも論文のようなもの。

 検索機もなければ順番に並んでもいないこの本棚から、どうやって1日で目当ての本を探せと言うのだ。


(シモンさん、助けて……)


 千花は開始1分で泣きたい気持ちが溢れてくる。

 だが直後、カイトの顔とライラックが持っていた青色の小瓶を思い出す。


「挫けないの! 本を探すくらい、魔王との戦いより楽でしょ!」


 千花は自分を鼓舞しながら、1冊ずつ手に取ってタイトルを確認していく。

 まずは身長の届く範囲内で、落ちる危険性のない場所から、取りかかることに決めた。






 3時間後。


「シモンさぁん……見つかりませんよぉ!!」


 半べそをかきながら千花は集中治療室の方にいたシモンに泣きつく。

 意識を取り戻し、シモンと会話していた興人は何事かと久しぶりに驚いた顔を見せる。


「そうだろうな。あの数、1人で捌ききるには不可能なんだよ」

「見てくださいよこの手! もう油抜けましたよ。私まだ未成年なのに!」


 泣きべそをかく千花と仕方なさそうに彼女の頭を撫でるシモンを交互に見回し、興人は更に首を傾げる。


「何かあったのか田上」


 名指しで聞かれた千花は静かに休んでいる興人に八つ当たりをするように声を荒らげようとして、シモンに止められる。

 シモンが代わりに説明をすると、興人はすぐに「ああ」と納得する。


「それはまた、無謀なことを」

「だって知らなかったんだもん」

「どうすんだ。ライラックから力づくで奪い取ると返り討ちに遭うぞ」


 魔法杖を取り出そうとする千花の魂胆を知っていたかのようにシモンは先取りして聞いてくる。


「……休憩に来ただけです。頑張って、薬を取ってきます」

「おー頑張れ。俺もテオドール探しに行かねえとな」

「シモンさんもまた無理難題を押し付けられてますね」


 シモンに関しては特に駆け引きをしていないが、ライラックには逆らえないのだろう。

 きっと今興人の所まで来たのも千花と同じく休憩に違いない。


「俺も手伝えればいいんですが」

「いいって。お前はさっさと体を治せ。どっちにしろ、あいつを手助けしたら薬の件は取り消しになっちまうんだから」

「田上は貧乏くじを引きすぎですね」


 ここまで振り回される巫女の候補者も見たことがない、と興人は1人ベッドに横になりながら、呆れていた。



「こっちもない。これも違う。もう、せめて背表紙にタイトルつけといてよ!」


 千花は長く不安定な梯子を上り下りしながら誰もいない書庫で叫ぶ。

 この梯子の動きもいちいち自分で操作しなければならないことが時間のロスに繋がる。


(こういう時シモンさんなら風で飛べる……いや、私もできるんじゃない?)


 長時間の飛行が無理なことくらいはわかるが、千花は見様見真似の技を使うことが得意な方だ。

 風魔法を使うこともできるとなれば、千花は自分が飛ぶことを想像する。


(足が、宙に浮くように)


 千花の想像力と記憶力は成長しているようだった。

 風を集めるように足に集中させると、段々体から重力がなくなっていく感覚を覚えた。


(よし、このままの状態を意識して)


 空を飛ぶ魔法を覚えた千花はその姿勢を固定できるよう意識を向けながら梯子に手を伸ばす。


「できたっ」


 千花は新たな魔法を習得できたことに喜び一瞬意識を逸らす。

 その瞬間魔法が切れ、梯子に全体重が乗り、反動で所蔵されていた本が全て千花に降ってきた。


「……」

(流石に、片づけるのは手伝ってもらえるかな)


 運良く本は千花を囲むように落ちてきたため、頭を打つことはなかった。

 だが目の前に広がる空っぽの棚と上下左右に散らばる床と化した書籍を前に千花は絶望に近い感情を抱く。


「これ、番号順になってるわけじゃないなら、適当にしまっても文句言われないよね」


 半ばやけになった千花は未だ手をつけていなかった空っぽの棚に入っている書籍を順番に見ていく。

 3冊目に取りかかろうとしたその直前、はっと気づく。


「あれ? この2冊のタイトル」


 千花は慌ててライラックからもらったメモ用紙を手に内容とタイトル、出版年を全て確認する。

 そして気づいた。

 今手に取っている2冊こそ、目当ての本だと。


「ら、ラッキー!!」


 何という偶然なのか、千花は目を輝かせながらその2冊を手に取り喜びにダンスをしようとして本に引っかかりつまづいた。


「いたた……」

「見つかったのぉ? 良かったねぇ」


 千花が頭を摩っていると、後ろから耳元をくすぐるように明るい青年の声が響いた。


「ひっ!?」


 耳に突然吐息がかかったため、千花は声を上ずらせながら警戒態勢に入る。

 そこにいたのはライラックと同じ黒髪を整えもせず寝癖のように跳ねさせている、人当たりの良い笑顔を浮かべた青年が立っていた。

 千花が今もっとも会いたくない、青年が。


「て、テオドールさん。お久しぶりです」

「久しぶりぃ。なにぃ? 本のベッドを楽しんでたのぉ?」


 間延びする言葉尻が印象的なテオドールが近づいてくるが、千花は本を掻い潜って逃げようとする。

 テオドールには散々挑発され、無謀にも魔王討伐へ1人で行ってしまった黒歴史がつい最近彫られた。

 話していたらまた彼の口車に乗せられそうだ。


「ら、ライラックさんに頼まれた本を探してたんです。見つけ終わったので、渡しに行こうかと。あ、あの、ライラックさんが探してましたよ」

「そっかぁ。でも今行ったらまた心臓取られちゃうから行かなぁい」


 物騒な言葉は聞かなかったことにする。

 今の千花には2冊の本を渡してこの散乱とした状況を直す必要がある。


「あ、そうだぁ巫女様。いいもの見せてあげるぅ」


 テオドールの「いいもの」は決して「良いもの」ではないと千花の脳が警鐘を鳴らしている。


「いえ、結構で……」

「あそこにあるファイル達、なんで崩れてないと思うぅ?」


 話を聞かないテオドールに呆れつつ、千花は無視することもできないため彼が指した先へ視線をやる。

 千花が崩した棚以外にも近くにあった書籍は振動で少し倒れてしまっているものもある。

 その中で、テオドールが指した棚にある数え切れない程のファイルだけは1冊として倒れていなかった。


「あれねぇ、すっごく大事なファイルなんだよぉ」


 テオドールが浮遊しながらファイルを1冊取り出してくる。

 千花も集中すれば飛べるが、また大惨事が起きると今度は立ち直れなくなるため大人しく落ちた本の間を潜ることにした。


「ここにあるのは全部大事な本ですよね?」

「その中でも特別だよぉ。だってこれぇ、全部今までの巫女候補者の情報が載ってるんだもぉん」


 話をすぐ終わらせようとはぐらかしながら会話を続けていた千花だったが、テオドールの衝撃的な発言に目を見開いて固まった。


(今までの……って、そうだ。巫女候補者は私だけじゃなかった)


 まだリースに来て間もない頃、邦彦やシモンが口に出していた。

 今までの巫女候補者は魔物や猛獣を見ると逃げ出していたと。


(その情報が、全部ここに)


 千花の心に黒い好奇心が渦巻く。

 直後、個人情報を簡単に見てはいけないと首を横に振るが、テオドールはお構いなしにファイルを取り出してペラペラ捲り始める。


「あーこんな子もいたなぁ。巫女様よりも小柄で、ひ弱そうな女の子。訓練に耐えられなくて無理って言ってたよぉ」

「あ、あの! 勝手に見るのは怒られるんじゃないですか」

「なんでぇ? ここにあるファイルは見てもいいものだよぉ。巫女様なんて、参考に見たらいいじゃぁん」

「でも、プライバシーとか」

「巫女様は気にする子なんだねぇ。でも見ておいた方がいいよぉ。これからのためにも、ね?」


 どういう意味、と千花が聞く前に飽きたテオドールは「ばいばーい」と去っていってしまう。

 本当に、猫のような人だ。


「……」


 駄目だとわかっていながらも、千花の好奇心は一切鳴りを潜めていない。

 千花の心の悪魔が見るだけなら、と囁いている。


(バレたら色んな人から大目玉を喰らいそう。でも、どこにも情報を漏らさなければ……)


 結局千花は怖いもの見たさを巫女候補者だからと勝手な言い訳を作ってしまい、ファイルを手に取った。

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