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光の巫女  作者: 雪桃
第8章 それぞれの思惑
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それなら私を助けてください

 やはり地上より動きにくい海の中では思い通りに進むことができなかった。

 カイトに手を引っ張ってもらうよう頼むとあからさまに面倒そうな顔をされたが、そこは恩が残っているのか、早くメイデンと会わせたいのか素直に聞いてくれた。


「メイデン様は、今も謁見の間にいるんですか」

「いいや、1日中起き上がることはできないから、自室で休んでいる」


 カイトは謁見の間へ通じる階段を潜り抜け、階段の裏にある鉄の扉を開いた。


(こんな所に部屋があるの!?)


 確かに人魚の民が住んでいるのも石造りの人間からしてみれば窮屈そうな家屋だが、まさか女王の部屋も小部屋だとは思わなかった。


「えっと、小さなお部屋ですね」

「人魚は……というか魚は寝ていても泳ぐ。お前達の言う部屋と同じではない」

「そ、そうですか。それは、確かに……?」


 上半身が人間の形をしていても生態は魚の人魚とは価値観が全く違う。

 冷静に考えて戸惑っている千花を差し置いて、カイトは鉄の扉に手を当て声を張る。


「母上、状態はいかがでしょうか。巫女を連れてまいりました。お目通し願います」


 千花に話すような高圧的な態度はどこへやら、弱っている者に語り掛けるような慈愛に満ちた声を出していた。


(それを、私にも見せてくれたらいいのに)


 千花がやりとりを待っていると、中からゆっくりと扉が独りでに開く。

 水圧が顔にかかり、体に圧力を感じながらも千花はカイトに続いて部屋の中に入った。


「お目通し、感謝します。母上」


 カイトが先に挨拶する中で、千花も慌てて頭を下げ、失礼にならないように上目遣いで前を見る。

 そこにいたのは、石のベッドに腰かけている、美しい人魚だった。

 腰まで伸びる癖1つない長い髪に、優しく微笑みかける薄い唇に整った高い鼻筋、そして愛する子どもを見つめるような慈しみに満ちた瑠璃色の瞳。

 魔王レヴァイアとの戦いで何度も見たはずの姿だというのに、やはり魂が入れ替わると印象ががらりと変わる。


(……綺麗)


 これがリースの中で最も美しいと言われる人魚の女王のあり方かと千花が見惚れていると、その様子に気づいたメイデンが目を合わせ瞼を閉じながら「ふふっ」と笑う。


「巫女様、ごきげん麗しく思います。どうぞお顔をお見せくださいな」


 声も、魔王戦では考えられない程に優しく柔らかい。

 どれだけ取り繕っても、本体には勝てないとはこのことだろう。

 千花は言われた通り、顔を上げ、その美しい姿に気後れしないよう真っ直ぐメイデンを見つめる。


「本来はこちらから出向かねばならない所、ご足労いただき感謝の所存でございます。今も、体が回復していないためこのようなご無礼お許しくださいませ」

「い、いいえ。ご無事で何よりです。メイデン女王陛下」


 軽々しく返答していいものか悩む千花だが、話しかけられているのに無視する方が失礼だろう。

 千花が緊張していることにも気づいたメイデンは表情を変えないまま更に口を開いた。


「そんなに畏まらないでくださいませ、巫女様。いいえ、チカ様、とお呼びした方が良いかしら。あなたが、(わたくし)を救い出してくれたのです。敬意を示すのは私の方ですわ」

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」


 メイデンは気にしないと言ってくれているが、むしろ千花は斜め後ろにいるカイトの殺気が気になって仕方ない。

 「無礼を働いてみろ。串刺しにしてやるぞ」と言われているようで背筋が凍る。


「改めて、ウォシュレイを救ってくださり誠にありがとうございます。そして、トロイメアを、トロイメアの民を、奪ってしまい、申し訳ありません」


 メイデンはまだ体が辛いのだろう。

 眉を寄せながら立ち上がり、千花の前まで泳いでくると、鰭を畳み、彼女に跪いて謝罪する。


「や、やめてください! そもそもトロイメアを壊したのはメイデン女王様ではないじゃないですか!!」

「いいえ、私が強ければ、魔王を退けることもできたのです。民の命を奪ったのは他ならぬ私でございます」

「でも……」


 千花がなおも否定しようとすると、後ろから肩を掴まれ止められる。

 カイトが止めてくることは意外だったが、彼も王族として思うところがあるのだろう。


「本来ならばこの命をもって償わなければならないところをトロイメア女王陛下・シルヴィー様はお許しになってくださっています。それでも、家族を失われた者達は私に対して怒りを抑えられないでしょう。やはり、民が納得する方法は、私が償うことでは……」

「違います! 私、そのためにあなたを助けたわけじゃありません!」


 死を望もうとしているメイデンをどうしても止めたくて、千花は力いっぱい叫び、カイトの制止を振り切ってメイデンの手を握る。


「私があなたを助けたのは、混乱しているウォシュレイをまた導いてほしいから。罪の意識を自覚してほしくて取り戻したわけではありません!」


 顔を上げたメイデンは、酷く傷ついた苦しそうな表情をしていた。

 それは体が痛むというよりも、心が押し潰されそうな程に追い詰められているものだ。


「私は、許されるわけにはいかないのです」

「許されたいのであれば、私を助けてください!」


 どうしたらメイデンが自死を選ばずにいられるか、千花は考えるより先に言葉を口に出していた。


「私、1人じゃ魔王を倒せないんです。私は神じゃなくて人間なんです。だから、魔王退治のために力を貸してください。人魚の魔力を、私にください」


 呆然とするメイデンに千花は焦りながらも自分の思いを口にする。

 慌てて出した言葉ではあるが、本心には変わりない。


「魔王討伐に参戦することが、一番の償いではないですか?」

「そう、ですか? それを、国民が望むなら」


 一先ず死を選ぼうとするメイデンを逸らすことはできた。

 後はどう助けてもらうか千花が考えていると、今まで黙って様子を窺っていたカイトが静かに口を開いた。


「母上、その任務、我に任せてくれませんでしょうか」

「え?」

「王族として、民を守れなかった責任は我にもあります。母上はまだ前線に出て戦える程回復しておりません。あなたの代わりになれる程、我はまだ王の素質はありませんが、民を守る者として、役目を任せていただきたい」

「カイトが、人の国へ? あなたに危険があれば、それこそ私は何を責めればいいのかわからなくなります」

「ご心配はいりません。必ずや、巫女と共に悪魔を滅してまいります」


 カイトの力強い意志に、メイデンは色々な感情が溢れ出てきているのだろう。

 とうとう堪えきれなくなった青い瞳から、涙が流れてくる。


「カイト……あなた、強くなったのですね。私は、自分がここまで未熟だとは思いませんでした」

「いいえ、母上がその身で魔王を食い止めてくれたからこそウォシュレイは崩壊せずに済んだのです。どうぞ、今は静養に努めてください。我が、この世界を救ってまいります。母上が成し遂げたかった世界の修復を」

「ええ。ええ……っ。チカ様、どうか、カイトをお願いできますでしょうか」


 親子の感動的な使命に水を差さないよう黙って待っていた千花は名前を呼ばれ背筋を伸ばす。

 メイデンは泣いていても、やはり美しい。


「もちろんです。絶対に、これ以上ウォシュレイが傷つかないよう、悪魔を倒していきます」


 千花の強い言葉に、メイデンは「ああ」と口から声を零し、小さく口角を上げた。


「あなたのような巫女様が現れて、この世界は救われるでしょう」


 罪悪感に苛まれていたメイデンの表情は、安堵に満ちていた。

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