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光の巫女  作者: 雪桃
第8章 それぞれの思惑
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私は、この世界のために

 初めて謁見してから4ヶ月。

 たったの一度しか招かれたことのない千花でも覚えている程、中は豪勢であった。

 一切の穢れを払うような白い部屋の中央には赤い絨毯が敷かれ、壁に沿ってトロイメアでは宝とされているのだろう壺や杖が丁重に設置されていた。

 そして、扉を開けた目の前の玉座に位置するのはこの国の最大権力者でありトロイメア女王陛下・シルヴィーだ。


「田上さん、前のように僕の真似をしてください」


 以前と同様その美しさと現実離れした内装に千花が惚けていると、隣にいた邦彦が膝をついて最敬礼を見せる。

 千花も慌てて倣った。


「来たかクニヒコ……と、チカ? なぜ連れてきた?」


 名指しされた千花は驚いて肩を震わせる。

 やはり指名もされていないのに来てはいけなかったことを千花は今更になって後悔する。


「突然の無礼、大変申し訳ありません。こちらの前で彼女が護衛殿に囚えられそうになっていたため、辻褄を合わせるため中へお入れしました」


 事実はそうだが、はっきりと先程あったことを言われた千花は今になって恥ずかしくなる。


「一般兵は光の巫女の候補者がいること自体知らされていない者もいる。それは手間をかけたな、チカ」

「へっ!? い、いえ、お構いなく……?」


 突然指名された千花はどう返答すればいいかも忘れて顔を上げてしまう。

 邦彦の咎めるような視線に気づいた時にはシルヴィーが先に口を開いていた。


「そのままで良い。クニヒコ、少々チカと話をする。待っていろ」

「承知致しました」


 邦彦が全て話してくれると思っていた千花は矛先が自分に向き、一気に緊張する。


(お、怒られる?)

「チカよ」

「は、はいっ!」


 名前を呼んだ後、千花が強く身構えていることがわかったのだろうシルヴィーは一拍おき、「ふう」と1つ息を吐く。


「そう緊張しなくていい。今更敬意や言葉遣いで咎めることもない。お前の話しやすいように会話をすれば良い」

「わ、わかりました」


 付け焼き刃でも王族との接し方がなっていない千花が楽になるようシルヴィーが配慮した結果だろう。


「さて、本題に移ろう。チカ、お前はウォシュレイを脅かし、トロイメアにまで侵攻してきた魔王レヴァイアを討ち取った。間違いないか」

「はい。ちゃんと、浄化しました」


 手応えは確かにあった。

 すぐ目の前にいた千花が確証を持っているのだから、誰も疑えないだろう。


「お前は記憶を失ったと聞いたが、もう戻ってきたのか」

(そこまで知られてるんだ)


 機関内だけの情報かと思っていたが、シルヴィーには筒抜けだったらしい。


「大丈夫です。もう全部思い出しました」

「そうか。全てか」


 シルヴィーが含みのある言い方をしたが、千花は緊張で気づいていない。

 忘れていいことは、そのまま思い出さないままの方が良かったのかもしれない。


(いや、辛い過去もまたこの少女には栄養源となるのか)

「チカ、魔王を3体倒したこと、改めて七大国の王として礼を言おう。大義であった」


 畏まった言い方ではあるが、褒められていることはすぐわかった。

 更に何か言われると思っていた千花はシルヴィーに褒められたことを素直に喜ぶ。


「この調子で残りの2体も頼んだ。迅速に、だが、焦らずにな」


 シルヴィーの命令に、千花は無意識に斜め前にいた邦彦へ目だけ動かす。

 邦彦は千花を帰そうとしていた。

 そんな彼の目の前で返事をしていいものかと悩む。


(だけど、私にだって戦う理由はあるから)

「はい。私が絶対に、悪魔からこの世界を取り戻してみせます」


 強い意思が見られる千花の言葉にシルヴィーは少し驚いたように目を見開く。

 ここまで魔王討伐に意気込む少女は見たことがないからだろう。

 驚きはしたが、すぐに口角を小さく上げたシルヴィーは玉座から降り、千花に手招きする。

 行っていいものかと悩みながらも邦彦が何も言わないため、千花は膝を上げ、立ち上がりシルヴィーの目の前まで来る。


「女王の加護を今一度授けよう。お前が、闇に飲まれないように」


 シルヴィーが静かに呪文を唱えると、千花の頭上に光り輝く輪が出現する。

 輪は千花を囲むように胸の前まで降りると、そのまま体へと取り込まれていった。


「これから先、巫女を排除しようと闇は近づいてくるだろう。だがお前には必ず仲間がいる。ゆめゆめ忘れるな」

「……はいっ」


 シルヴィーの激励はきっと、レヴァイアを倒す前の千花には響かなかっただろう。

 今、仲間の存在を知った千花だからこそその願いを受け入れることができた。


「さて、積もる話もあるだろうが、チカよ。ここからは少し込み入った話をクニヒコとする。席を外してくれるか」


 シルヴィーの言葉に千花ははっと気づく。

 元々邦彦が謁見するために訪れた所を拾ってもらったのだ。


「し、失礼します」

「ああ、トロイメアの復興を手助けしてくれ」


 シルヴィーの言葉通り千花はこれから城下町に出て様子を見に行くところだった。

 失礼のないように気をつけつつ、千花は邦彦と話をしたい気持ちを抑えつつ、足早に謁見の間を出て、扉が閉まるまで頭を下げていた。


「……クニヒコ、お前の表情、私が見ていないとは思っていないな?」


 千花がいなくなり静まり返った謁見の間で、低く口を開くシルヴィーに邦彦は動揺せず1つ頷く。


「チカに加護を与えた時、お前は止めようとしたな。あの娘に加護は必要ないと?」

「……いえ、田上さんを護る術は、いくらあっても足りません」

「ではなぜチカへあの表情を向けた。お前の顔は、チカをこの世界から消したいと願うものだったが?」


 そこまで強く願ったわけではないが、シルヴィーにはそう見えていたらしい。

 最高権力者に嘘をついても不利なのは邦彦だ。


「私にも判断がつきません。田上さんは、光の巫女として申し分ない素質を持ちうる存在だと。しかし、同時に思うのです」


 邦彦は頭を垂れたまま先日の千花を思い出す。

 自分が犠牲になってまでも、邦彦を敵から守ったあの少女の優しい顔を。


「田上さんを、これ以上心から苦しめたくないと考えてしまうのです」


 邦彦の本心に、シルヴィーは信じられないと言ったように驚愕の表情を向けた後、納得したように息を吐いた。


「お前も、人を思うようになったか」


 シルヴィーは20年前を思い出す。

 まだシルヴィーが王位継承者であった頃、邦彦が初めてトロイメアの王宮へ現れた時のことを。


(あの、光の巫女を手駒にしか考えていなかったお前がな)


 邦彦の復讐に満ちた野心の目を思い出し、シルヴィーは1人力なく笑った。

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