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光の巫女  作者: 雪桃
第8章 それぞれの思惑
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勘違いされた巫女

 翌日、千花はトロイメアの城下へ降り立った。

 イアンの扉と繋いでいた隠れ家も例外なく流されていたが、魔法陣だけは生き残っていたらしい。


「やっぱり、無傷ってわけにはいかないよね……」


 大通りに出た千花は忙しなく動く人々と家屋を見て寂しそうに呟く。

 津波によって半壊されたトロイメアの現状は、家屋が壊され、泥水が蓄積し、食料も居住地も奪われ、途方に暮れている状態だ。


(死んじゃった人もたくさんいて、生き残ってもすぐ復興に駆り出されて。これが、魔王に侵略されたってことなんだ)


 今まで千花は魔王に国を乗っ取られて数年経った世界しか見てこなかった。

 いざこの現状を見ると、やるせなさと申し訳なさが押し寄せてくる。


「大丈夫かチカ。無理ならお前だけでも先に帰れ」


 千花がトロイメアへ行くと言った時、心配だからとついてきてくれたシモンが顔色を悪くする彼女を気づかう。

 その言葉に千花ははっとなり、否定するように首を横に振る。


「こんなことで怖気づくわけにはいきません。私、女王陛下に会えるか聞いてみます」


 回復して早々トロイメアに来たのはひとえにシルヴィーに会うことが目的だ。

 事前の連絡はしていないが、会えるだろうか。


「俺、ついていきたくねえっつったけど、一緒に行くか?」

「いいえ。シモンさんは先にギルドの様子を見てきてください」


 前述の通りシモンは王族や貴族と呼ばれる位の高い者と対面することを嫌がる。

 過去を知っている千花が強引に連れ出すことなどできない。


(一度会ったことはあるもの。怖い人じゃないし)


 千花はシモンと別れて喧騒としているトロイメアの大通りを、城へ向かって進んでいった。






「紹介状はありますか?」


 シルヴィーがいるであろう謁見の間の扉に着いて早々、千花は屈強そうな騎士2人に行く手を阻まれた。

 今まで引き止められたこともない千花は戸惑う。


「紹介状?」

「トロイメア女王陛下へ謁見できるのは招待された者のみ。紹介状か、手紙に封された蝋があれば通れるが」


 そんなもの持っているはずがない。

 思えば、シルヴィーに謁見したのは後にも先にも初めてリースに来たあの日だけ。

 しきたりを知らなかった千花は邦彦に続いて雛のようについていくだけだった。


「も、持ってないですけど、でも私の姿を見たら女王様……じゃなくて女王陛下もわかるはずです! 一度だけ会えば」

「なりません」


 千花は何とか強引に承諾してもらえないかと頼み込むが、回答はNOだった。


「トロイメアは魔王の襲撃により混乱を極めている。その上女王陛下に近づく正体不明な者などあげられるわけがない」


 千花は目の前で構えられる剣を目に声を上げられない。

 邦彦の言う通り、王宮にいる者でも千花が光の巫女だとは知らされていないようだ。


「それより、そこまでして女王陛下へ謁見したい理由はなんだ。もしや悪魔に脅された間者か?」

「え、ち、違います! 私、ああ、えっと……」


 光の巫女ですとも言えず、口ごもる千花を更に疑い始めた騎士は敵意を差し出してくる。


「この混乱した状況に入り込めると思ったか。貴様、じっくり話を聞く必要がありそうだな」


 騎士2人が完全に千花を敵視したことはよくわかった。

 千花は取り繕うと慌てるが、その様子すら今は怪しい。


「で、出ていきますから」

「そうやって侵入する気だろう。来い、尋問だ」


 甲冑を着た騎士の手が千花の腕を強引に引き寄せる。

 体格差では勝てない千花は体勢を崩しそうになりながら引きずられていく。


(どうしよう。このままじゃ謁見どころか牢屋行き……)


 振りほどこうにもここで騒ぎを起こしたら今の王宮内ではたちまち千花は敵だ。

 穏便に済ませるには彼らにも正体を示さなければならないか。


「あの、せめて話だけでもっ」

「田上さん?」


 千花が足に体重をかけて騎士の動きを止めようとした直前、背後から低い男性の声で名前を呼ばれた。

 その声に聞き覚えがあった千花ははっとなり後ろを振り返る。


「あ、安城先生」


 2日ぶりの対面だが、久しく会っていないようにも思える邦彦が目の前の光景を見て首を傾げていた。


「これはこれはクニヒコ様! 今日も様子を見にきていただいたのですね」


 自分の時とは態度が全く異なる騎士を不満げに見つつ、千花は目の前に対峙する邦彦と目を合わせられないでいた。


「……どうされたのですか?」


 それはどちらに向かって聞いているのか、千花が答えられない中、騎士が意気揚々と返答した。


「はいっ。紹介状もないのにトロイメア女王陛下に謁見しようとする怪しいこの女を尋問するところでした!」


 包み隠さず言ってくれる騎士に、千花は目の前から疑い深い念が送られてきていることを感じ、更に目を合わせられなくなる。


「そうでしたか。それはお疲れ様です。ただ、彼女は僕の連れなので連行しなくて結構ですよ」

「へ?」

「王宮内が広く、彼女も迷ってしまったのでしょう。僕が謁見の間に行くと言ったので、その通り来てしまったようです。紹介状は僕が持っているので、彼女になくて当然なのです」


 ほら、と騎士に差し出した邦彦の手にはシルヴィーが残したであろう手紙があった。

 元より信頼を置いている邦彦が言うならば、と騎士も渋々千花を離した。


「クニヒコ様のお連れならそう言えばいいのに」


 千花にしか聞こえないように小さくぼやく騎士をじろりと睨む。


(そもそも話すら聞いてくれなかったくせに!)


 千花の中で小さな怒りが湧く中、邦彦が肩を叩いて促してくる。


「後で色々聞きますが、今は女王陛下の元へ行きましょうね」

「は、はい」


 久しぶりに目が合った邦彦の笑みは、やはり本心では笑っていないようで、千花は寒気を覚えた。


(もう少し、心に余裕ができてから会いたかった)


 邦彦を嫌いになったわけではない。

 ただ、()()()邦彦に告げられた言葉がまだ脳内に燻っているのもまた事実だ。


『あなたは必要ありません』


(私は多分、安城先生の中ではいらない存在だろうな……)


 扉が開くまで項垂れていた千花は、邦彦が安心したように彼女を見下ろしていた姿は見えなかった。 

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