救い出してくれたのは
「やれえ!! お前に2倍かけてんだぞ!! そのまま殺せ!」と猛獣に向かって戦う血だらけの幼い剣士に叫ぶ太った男。
「あの子ども、今晩いくらかしら? 今日のお供をしてもらおうかしら」と見世物にされている美しい少年を下卑た目つきで値踏みするしゃがれた女。
まだ8歳だったシモンでも、自分が何をされるかは既に理解できた。
だが、逃げることは許されなかった。
「こ・ろ・せ! こ・ろ・せ!!」
貴族の耳障りな歓声を耳に、幼かったシモンは戦った。
抵抗してこなかった今までの亡骸とは違い、今度はシモンも傷つく側になる。
3倍以上の体格差がある猛獣、肉塊のような魔物、そして、シモンと同じ年頃の少年。
毎日毎日傷を負わされた。痛み止めなどもらえず、激痛で眠れずとも、次の日には休まず殺し合いをさせられた。
「足が折れても立てと石を投げられた。顎が外れても魔法を唱えろと首を掴まれた。だけど勝った。勝って、勝って、勝ち続けた。もう、生きる意味すらわからなくなってたなぁ」
シモンは何を思ったか小さな土人形を2体作り出す。
泥人形はそれぞれがぐちゃぐちゃに潰されながらも再生し、また戦い始める。
その姿を見て千花の手はようやく動いた。自身の耳を塞ぐように。
「……て」
「火で炙って、風で首を落として、観衆に見えるように投げ捨てて」
「もう、やめて」
「殺して、殺して、殺しまくって、こうやってな、死んだ人間ってのは足で簡単に踏み潰せて……」
「もうやめて!! お願いだから!!」
シモンは倒れた土人形を踏み潰そうとし、少女の悲痛な叫び声に体を震わせる。
隣を見ると、千花が両目から大粒の涙を流しながら耳を強く塞いでいた。
「ごめんなさいっ、私が、聞いた私が悪かったんです。だから戻ってきてくださいシモンさん。もう、しゃべらないで……っ」
千花の苦しむ様子にシモンもようやく自分が我を失って過去を話していたことに気づいた。
シモンの過去を知りたがったのは千花だが、追い詰めるつもりはなかった。
「悪かったチカ、もう終わりにしよう。お前が謝ることは何もねえ。俺はもう奴隷にならねえし、言いなりにもならねえから」
彼女の頭を無造作に撫でると、しゃくりあげる千花が確かめるように顔を覆いながらも頷く。
「シモンさん、もう奴隷になんて戻らないで。私が、絶対に戻らせないから」
「ははっ、殊勝な心がけだな。あいつも、同じこと言ってたしな」
乱暴に涙を拭う千花は、シモンの言葉に首を傾げる。
「あいつって?」
「あー、これも続きになるんだよな。いや、奴隷の話は端折ればいいな。俺が殺し合いをしていたある日、コロシアムを破壊しに来た女がいたんだよ。テロだの悪魔だの貴族は大騒ぎで我先に逃げてな。俺を捕らえてた貴族様もいつの間にかいなくなって、闘技場には俺1人だけ、なぜか取り残されたんだ」
それはシモンが14歳の頃だった。
とっくに感情なんて言葉すら忘れていたあの日、逃げ惑う貴族や奴隷を呆然と眺めていたシモンの元に、1人の少女が舞い降りてきた。
「こんな時代錯誤な奴隷会場、この世界にあるなんて聞いてないのにとんだ気分の悪い日よ! あなただってそう思うでしょう!?」
腰まで伸びる黒い髪に真っ黒な瞳を持った、シモンと年端も行かない少女。
彼女がこの騒ぎを起こしたことはシモンもよくわかっていた。
「あなた、とっても細いわよ!? こんな状態で戦ってたら死んじゃうじゃない。私と一緒に帰りましょう。うん、それがいいわ。決定!」
少女は口が利けなかったシモンの返答も何も聞かず、いや、自分の名前すら言わず、奴隷会場を抜け出し、自身の帰る場所へ連れて行った。
「……拉致?」
「俺の立場を考えなきゃただの頭おかしい女だったよな。あいつ」
シモンが救い出されたのなら、と安堵する一方で、あまりの強引さに千花は過去の少女とやらに若干引く。
「その人とはその後どうしたんですか?」
「そいつが要はこの機関の人間だったから連れてこられたさ。マーサに散々治療を受けさせられて、まともに生活できるようになるのに1年間かかった。それからは情操教育とやらをされながらそいつと色々冒険に行かされたな」
長年奴隷として働かされたシモンがたった1年で健康的な生活を送れるようになったのはひとえにその少女がいてこそだろう。
機関にいるというのなら、ぜひ一度会ってみたいものだ。
「私も、その方に会ってみたいです。今どこにいるんですか?」
「……」
千花が興味を抱いて聞くが、シモンは返答に困っているようだった。
何か、言いづらい場所にいるのだろうか、と千花が待っていると、困ったようにシモンが口を開いた。
「ここにはいない。大分前に、魔導士としての役目は終えたからな。今は、近くにはいるがすぐには会えねえな」
「そうですか。コロシアム1つ破壊できるくらいの力を持ってる方と、会ってみたかったです」
「お前何を期待してんだ。会える日が来たら、ちゃんと教えてやるから。今日はもう休むぞ。お前、精神的にも疲れたろ」
「はい。シモンさん、ありがとうございます」
千花は話を聞かせてくれたシモンに礼を言い、訓練場を出ていこうとする。
その背中を見ながら、シモンは眉をひそめて拳を握る。
(言わなくていいよな、クニヒコ)
言うべきか迷い、言ったら千花が更に動揺すると結論づけて閉ざした言葉。
(俺を助けたのが、光の巫女候補者だったとはな)
「シモンさん?」
「今行く」
シモンは口が裂けても言わないよう、千花に笑いかけ、後を追いかけた。