売り飛ばされた異端児
少し胸糞展開が続きます。
祝200話を祝いたかったのに割と一番シリアスです。
千花の驚愕な顔も予想していたかのように、シモンは特に言いづらそうな雰囲気も出さなかった。
「お前の時代に奴隷ってのはほとんどないんだろ。俺も言う必要もねえから黙ってたし、驚いても無理ねえな」
シモンは簡単に言ってくれるが、今まででもっとも千花は受け入れるまでに時間がかかっている。
(奴隷……奴隷ってなんだっけ。偉い人のお世話をするのが使用人で、奴隷は、もっと酷い扱いを受けた人?)
どんな言葉をかけたらいいのだろう、と脳内を巡らせた千花はようやく口を開く。
「どんな、奴隷でしたか?」
質問した直後、千花は自分が何を言っているのかわからなくなった。
「ち、違います! 別に私聞きたかったわけじゃなくて、つい口走っちゃっただけで」
失言をしたと千花が焦る中、頑張って取り繕うとする少女にシモンは仕方なさそうに笑う。
「お前、気つかうの下手だな。いいよ、別に俺も気にしてないし、聞きたいことがあるなら答えてやるから。どんな奴隷だったかだろ?」
千花のどうしても抑えられない無邪気な好奇心を理解してくれたシモンは顎に手を当てて思い出そうとする。
「普通の奴隷だったな。ああいや、普通ってお前じゃわからねえか。俺は闘技場みたいな所で死に物狂いで闘わされた部類の奴隷だ」
千花は漫画で読んだことのある描写の世界をもって想像する。
剣闘士と呼ばれる奴隷がコロシアムのような場所で貴族に罵倒されながら殺し合いをしている図が浮かび上がった。
「身の上話は慣れてねえんだ。わかりづらくても文句言うなよ」
「い、言いませんよ」
話してくれるだけでありがたいのに、贅沢は言えない。
「俺の家はまあ悲惨でよ。親父は酒に溺れちゃぁ俺も兄弟もサンドバッグにされてな。母親は勝手に1人で出ていって、農村の外れで猛獣に食い殺されたらしい」
この時点で千花は耳を塞ぎたくなるが、こちらから聞いたのだから耐えなければならない。
いや、千花が逃げたくないだけだ。
「そんなんだから村のヤツらも俺らには近づかなくなって、完全に村八分状態だったな。だが、貧乏生活はすぐに終わった。俺が特殊だったせいでな」
「せい?」
「俺は産まれてすぐ魔力が高かった。物心ついた時には属性なんざ知らずに色んな魔法を連発してたからな」
それは天才と呼ばれ、持て囃されるものなのではないか。
千花が淡い期待を抱くが、シモンはまるで苦虫を噛み潰したように恨みを込めた表情を浮かべる。
「どこから嗅ぎつけたか貴族が俺を高値で買い取って、大金が入ったことに大喜びの親父は簡単に俺を手放したさ。俺も、あんな貧乏生活から変われるならいいと思ったよ。現実を見るまではな」
まだたった5歳のシモンが連れていかれたのは実家より劣悪な小屋だった。
今にも崩れそうな木造の家屋に足の踏み場もないほどの奴隷が敷き詰められていた。それも、健康な者は1人としていなかった。
「ネズミに食い荒らされてる死体に、死にかけの骨と皮だらけの人間と呼びがたいもの。どこから拾ってきたのか泣き喚いている俺より小さい子どももいたな。まだ、健康体だった」
ようやくまともな生活ができると思っていた当時のシモンはその現状に幼いながら背筋を凍らせた。
そして、そんなシモンを足蹴にするように中に入れ、貴族は命じたのだ。
「燃やせ」と。
「最初は何を言われているかわからなかったさ。火属性は使えたが、俺ができたのはせいぜい薪を燃やす程度だからな。閉じ込められる直前、馬鹿な俺は『何を』って聞いちまってよ。そしたらあいつ、『全て』って言ったんだ」
シモンは思い出したくもないのだろう。
頭を片手で握りしめ、苦しそうに顔色を悪くする。
「嫌だと言ったら散々鞭で殴られた。3日間飯抜きにされた。やらなきゃお前も同じように死ねと言われた。だから、やったんだよ。昔の、愚かな俺は、全員燃やした」
死体を燃やすだけでなく、まだ生きていた者も燃やす。
それは、人殺しと同じことだ。
「たとえ死にかけでも火ってのは辛いんだよ。怖がった俺は温い火しか出せなくて、耳にガンガン悲鳴が押し寄せてきた。人間の肉ってのは臭くてな、数日間思い出しては吐いたさ」
千花は口を開こうとして喉が張りついていることに気づく。
(止めなきゃ。もう大丈夫ですって言わなきゃ。シモンさん、全部思い出しちゃう)
千花は苦しく息をするが、シモンは気づいていない。
気づけないほど、記憶に囚われている。
「それで終わりかと思いきやまた別の収容所に行かされて、今度は水で溺れさせろ、雷で撃ち殺せ、泥で生き埋めにしろ。7属性が使えた俺の実力を知りたかったんだろうな。今思えば。いつしか3年間人を殺し続けてた」
自嘲するように辛く笑うシモンに千花は言葉ではなく手で制止しようとする。
だが体は拒絶するように目眩を起こした。
(もういい、もういい。私、もう聞きたくない)
「感情ってもんを忘れかけて、ただの殺戮人形にさせられた時、あいつからもういいって言われたさ。やっと解放されるのかってうっすら残ってた喜びを外に向けた。それからな、貴族共のお遊びに付き合わされたよ」
暗くて異臭の放つ、醜悪な奴隷小屋を抜け出した先は、罵声を浴びせ続ける貴族の輪の中だった。