また迎えに行きますね
眠っていた千花は違和感を覚えた。
(私、どこにいるんだろう。ここ、草原じゃない)
べモスを倒した後も、ゴルベルを倒した後も、必ず千花は夢の中で草原に立っていた。
夢意識の中で今日も草原に行くのだろうと何となく感覚で覚えていた千花は冷たい暗闇に立たされ、些か不安を覚える。
(おじいさん? どこ行ったの?)
記憶を失った時のように呼びかければ老人が現れてくれるかもしれないと言い聞かせながら千花は辺りを見回すように首を振る。
だが老人は出てこず、代わりに身が凍るような寒気が吹雪く。
(寒い……なんで、こんな悪夢みたいな)
「あら、悪夢になってしまいましたか? 歓迎していたつもりなのですが」
驚いた千花が振り返ると、そこにいたのは千花と歳も変わらないだろう銀髪に赤い吊り目が特徴のゴスロリ服を来た少女が立っていた。
千花はその少女が誰か朧げに覚えている。
(ゼー、ラ?)
「まあ、覚えていてくださったのですね! 光栄ですわ」
覚えていたも何も、会う度不思議な所から登場してくるのだから覚えるしかない。
最近の記憶ではいつの間にかバスラのゴルベル戦に片足を突っ込んでいたことだろうか。
(なんで、ここにいるの?)
「今言った通りですわ。巫女様に少しお会いしたくて私の元の国へお呼びしました。でも、どうやら今のままでは巫女様も凍死してしまうのですね。私、やっぱり人間のことはまだよくわかりませんわ」
勝手に話を進めてしまうゼーラについていけず、千花は呆然とその様子を見ていることしかできない。
だがそれも束の間、再び冷気が千花を襲い、呼吸まで凍りつきそうになる。
(さ、寒い。喉が、張りつく)
千花の震えている様子となぜか心の声が聞こえているゼーラは、落ち着き払った様子で指を1つ回転させた。
「夢の中では防御をかけてさしあげることもできません。今日は、ご挨拶に伺っただけですので戻しましょう。また迎えに行きますね。ごきげんよう」
ゼーラの指の動きをじっと見つめていた千花は、急な睡魔に襲われる。
寒い中寝てはいけない。けれどここが夢の中なら、寝ても死なないのでは、そう考えた千花は、抗うことなく眠りに落ちた。
「美味しそうな魔力、またいただきに参りますね」
ゼーラの最後の言葉を、千花は聞くことができなかった。
次に目を覚ました先にあったのは白い天井だった。
いつもならしばらく覚醒まで時間がかかる千花だが、今日ばかりはすぐに自分がどういう状況か理解した。
「マーサさん、おはようございます」
それは目の前でマーサが点滴を交換している姿を見たからもあるだろう。
千花に繋がっている点滴を弄りながら、マーサは声を受け、反応する。
「起きたかい巫女。呼吸は正常か?」
マーサは業務連絡のように淡々と聞いてくる。
千花は眠る前より大分楽になっている体を自覚して1つ頷く。
「全くあんたと来たらね。ただでさえ人魚化の薬を飲んで身体疲労を起こしてるっていうのに魔力切れの中ウォシュレイまで行くたぁ本当に自殺する気かい」
千花が元気になったと知るとマーサは小言を述べ始める。
レヴァイアとの決戦が収束し、千花はトロイメアの黒い海が全てなくなる前にカイトに城まで道案内をしていた。
城の前ではシルヴィー率いる王宮魔導士が待ち構えていて、事情を説明するのに数十分。
とにかくカイト達をウォシュレイに連れていかなければならないと大急ぎで水路を作り、なぜか千花も巻き込まれウォシュレイに同行させられた。
カイト曰く、「最後まで送り届けるよう言われただろう」とのことだったが、そんな約束をした覚えはないと千花は水流に巻き込まれながら反論していた。
「で?」
「ウォシュレイまで行って、カイト王子達の生還に大喜びした人魚の国民にもみくちゃにされて、そこらへんで意識が飛んでます」
「お前、シモンが急いで迎えに行かなかったら魔力の欠乏症で死んでたからな」
カイトのあまりの強引さにも物申したいが、しっかり拒否できなかった千花にも非があると言わんばかりにマーサは説教する。
よくわかっている千花は点滴が外れないようにしながら起こしてもらう。
「その後のことは、シモンさんが?」
「シモンは大舞台に出ることを嫌うからね。オキトも今回ばかりはすぐに動けないし、リンゲツが駆り出されてるよ。顔色を悪くしながらね」
「リンゲツさん、可哀想に」
バスラから、魔王討伐のしわ寄せは全てリンゲツが行っている。
姿を現さないとは言え、リンゲツも泣きたい気分だろう。
「それで、これからどうするんだい巫女。点滴が終わるまでは機関を出るなよ」
「興人は集中治療室の方にいるんですよね。お見舞いに行きたいです。後シモンさんにも会いたいし……」
「そうかい。ああ、クニヒコはまたトロイメアの女王に謁見してるから当分また会えないよ」
頷くマーサの次の言葉に千花は微笑を浮かべた顔を強張らせる。
その変化に気づいたマーサの視線から逃れるように顔を背けながら千花はおずおずと口を開く。
「むしろ、そっちの方がありがたいです。ちょっと、出ていきますね」
「?」
サンダルを引っかけ、医務室を出ていく千花に首を傾げ、マーサは何かを理解したように溜息を吐く。
「あんたら、意思疎通もできない幼子か」
全く、と言ったように、マーサは自分の仕事に戻っていった。