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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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さようなら、過去の魔王様

 シルヴィーは押し寄せてくる黒い海の波に負けじと魔力を送り込むよう指示していた。

 魔導士には休み休み命じているが、そろそろ限界が近づいているだろう。


(どうする。城の扉だけは何としても食い止めなければならない。一刻も早く魔王を倒さねば)

「トロイメア女王陛下!」

「なんだ。増援か?」


 海の偵察をしていた騎士がシルヴィーの元へ駆け寄ってくる。

 焦りを見せてはならないとシルヴィーが冷静に聞き返すと、騎士は焦ったように言葉を詰まらせながら更に続ける。


「海が引いていっています。魔王の瘴気も、感知されません!」

「……なんだと?」


 信じられないといった声音でシルヴィーは聞き返すが、防御していた魔導士でさえその変化に気づいているようだった。


「海の圧力が、減っております。このまま押し返せます!」


 突然の朗報に戸惑いながらも魔導士や偵察にあたっていた騎士は喜びを隠せないでいる。

 ただ1人、シルヴィーだけは驚愕を隠せなかった。


「まさか、チカが復活したのか?」


 未だ目の前に広がる黒い海を前に、シルヴィーは現状を理解することができなかった。

 だが一国の王としていつまでも呆けているわけにはいかない。


「魔導士はそのまま海を蒸発させよ! 残った者は生き残りがいないか確認しろ!」

「はっ!」


 魔王が本当に消滅したことを願い、シルヴィーは千花を含めた機関の者の無事を祈るしかなかった。






 空中に上げられたのだから当然だが、魔力を使いきって動けなかった千花はそのまま海に叩きつけられた。


「うぐっ」


 いくら呼吸ができるとは言え、地面に落とされた痛みと同じ感覚を味わった千花は数秒呼吸ができなくなる。

 彼女を支えたのは案の定シモンだった。


「息忘れてんじゃねえか。ほら、掴まれ」


 言葉に甘えて千花はシモンの肩に頭を乗せ、深呼吸をする。

 まだ薬の効果が切れていないからか、地上の重力は重かった。


「お前、今魔力切れだろ。後始末はしとくから寝とけ」

「そんなことできません。怠いだけで体は動くので、メイデン女王様とカイト王子の安否だけでも」

「その必要はない」


 濁った海の中でも透き通る美しい声がぼんやりとする千花の脳に入ってくる。

 そちらに視線をやり、千花は言葉を失う。


「カイト、王子?」


 カイトが魔王の魔力の中に入れば無事ですまないことは知っていた。

 しかし千花が見たその容貌はあまりにも悲惨なものだった。

 きめ細やかな白い肌は所々爛れ、皮膚が黒く滲んでいる。

 皮がめくれてしまっているのか、鮮血も流れ、その場で泳げているのが不思議なくらいには痛々しい。


「あの、大丈夫ですか」

「母のことか」


 メイデンの体を救い出すためには子孫であるカイトが必要なことは千花も朧気に感じ取っていた。

 それでもここまでカイトが傷つくとは思わず、申し訳なさが千花を襲う。

 そんな千花の心配を余所に、カイトは外れた回答を寄越す。


「母の心音は戻っている。気を失っているが、呼吸は正常だ。悪魔の魔力も感じない」


 カイトはメイデンを抱きかかえて泳いできていた。

 千花が聞いているのはそのことではないが、言及する前にシモンに止められる。


「魔王と戦うと決めた時点で王子も無傷でいられないくらいわかってるはずだ。お前が気にするのはそこじゃないだろう」


 シモンに諭され、千花も我に返る。

 死闘を繰り広げた中、命があって、話せるだけでも上々なのだ。


「女王様、本当に大丈夫ですか?」


 カイトがタチの悪い嘘を吐くわけないと思いながらも、千花はよろめく体を泳がせ、彼の両腕に眠っているメイデンに近寄る。

 レヴァイア戦で傷つけられた体は軽傷とは言えないが、確かに正常に呼吸はできている。


「人魚は治癒力に優れている。チカが思ってるより頑丈なんだよ」


 千花の心の中の疑問にシモンは答える。

 安堵する千花だが、その中でシモンは「さて」と話を変えるように辺りを見回す。


「安心して気を休めたいところだが、そうは言ってられないな。特に王子様は、さっさとウォシュレイに帰れ」


 魔王がまだ巣食っているかもしれないことを言っているのだと思った千花は、シモンの二言目に首を傾げる。


「魔王がいなくなってこの濁った水も発生しなくなってる。このままじゃあ干上がって人魚のあんたらも泳げなくなるぞ」


 多少なりとも陸地で息ができるとは言え、泳げなければ逃げ場がない。

 状況を理解して焦る千花とは反対にカイトは知っているとばかりに落ち着き払っている。


「巫女、扉まで案内しろ。それくらいの体力はあるだろう」

「一国の救世主に偉そうに……。だがそうだな、チカ、頼めるか。俺は残してきたオキトを助けてくる」

「は、はい。多分こっちです」


 視界がぐらつく感覚はあるが、カイトとメイデンの無事が最優先だ。

 千花は冷静に街中を見渡し、城までの道を把握して案内し始める。


「さてと、これで3体目か」


 シモンは風魔法で地上へ出る。

 悲惨なトロイメアを見て、表情がなくなっていくが、誰も気づかない。


「ここまで来れば、()()()()()()()()()()


 なぜアイリーンの名が出るか、聞く者はいなかった。






 水位が下がっていき、トロイメアに平和が戻ってくる。

 喜びが溢れてくる人間を見下ろし、ユキは苛ついたように大きく溜息をつく。


「ようやく手にした美しい人魚を取り逃がすなんて、自分の油断に吐き気がしそうですわ」


 ユキは自分に怒りを向けているようだった。

 勝手に苛立ちを覚えているユキにどこからから抑揚のない低い声が響く。


『言っただろう。お前のすべきことは巫女の監視だ。装飾の収集など、必要のないことを行ったお前の自業自得だ』

「でもねお父様、私を侮辱したあの赤髪の青年だけは始末しても良かったと思うのです。美しい人魚を逃して、あまつさえ喧嘩を売ってきたのですわ。野放しは納得いきません!」


 カンカンに怒るユキだが、声の主は同情もせず無視をする。


「お父様は薄情でいらっしゃいます。私、心が広い方ですが、それでも気にいりませんわ」


 頬を膨らませるユキだが、「そういえば」と何かを思い出したように手のひらに収めていた海水が入っている氷の球体を目の前に出す。

 その中には、灰色の醜い(フナ)が浮いていた。


「間一髪、浄化から抜け出したのでしたわね。レヴァイア様」

「危ないところだったわよ! あの醜女、容赦なく攻撃してくるんだから、溜まったもんじゃありませんわ!」


 声を荒らげているその鮒こそ、レヴァイアの本来の姿だ。

 ユキは自分よりキレているレヴァイアを見下ろし苦笑する。


「あなただって油断が招いた結果でしょう。もう、巫女様を乗っ取ろうとするから」

「あの場に女は1人だけだったわ。醜女でも魔力さえあれば世界はこっちのものだったのに」


 散々言い訳するレヴァイアだが、ふと何かに気づいたようにユキを見上げる。


「そうだわ。あなた、その体寄越しなさいよ」


 レヴァイアの提案にユキの手が小さく動く。


「今度こそ私があの女を殺してさしあげますわ。ズタズタに切り裂いて、世界中に醜さを浸透させてからトドメを……」

「戯言をまだ仰っているようで?」


 レヴァイアの言葉を遮り、ユキは今までにないほどの冷淡な声で答える。

 その瞬間、球体がひび割れ、水が流れ出す。


「え、ちょ、ちょっと何してるの。そんなことしたら私、息ができなっ」

「あなたを甦らせるつもりなど毛頭ありません。巫女の記憶を奪って私の楽しみを減らし、私の体まで乗っ取る? そんな僥倖、許したつもりはありませんわ」


 ユキが激怒していることに気づいたレヴァイアだが、既に遅かった。


「ご、ごめんなさい! 謝るわ。だからお願い戻して! 私このままじゃ、本当に死んでしまう……」

「元々そのつもりでした」


 氷の球体が割れ、レヴァイアは地面に落ちる。

 打ち上げられた魚のようにピチピチと跳ねるレヴァイアは、苦しさに口で呼吸をしている。


「たず、げて……オネガ、イ」

「さようなら、過去の魔王様」


 ユキは無様に命乞いをするレヴァイアにくすりと一笑すると、黒いヒールでその腹を貫いた。


「さて、3体目の魔王が倒されましたか」


 串刺しになった魚を凍りつかせ、そのまま元に戻っていくトロイメアの地へ落とす。

 その光景を見下ろし、ユキは口角を吊り上げた。


「そろそろ、私達の王国へ招待致しますわ。光の巫女様」


 海が広がる大地を背に、ユキは姿を消した。

ウォシュレイ編完結です。

次回、新章です。

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