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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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あなたも必ず救ってみせる

 沼に引きずり込まれたように息ができない。

 強大すぎる力に体を押さえつけられ、抗う気力すらとうとうなくなっていく。


(私、このまま魔王になるのかな。浄化もできずに、永遠にこの沼の中で……)


 光の巫女が悪魔になるなど滑稽な話だ。

 皮肉すぎる現象に、千花の瞳からは光が失われていく。


(冷たい、苦しい、動けない……誰か、救い出して)


 沼から引き上げてくれる誰かを求め、千花は真っ暗な目の前を見上げる。

 その瞬間だった。


『チカ、起きろ!』

(……シモンさん?)


 耳は聞こえていないはずなのに、頭に直接声が響く。


『お前は誰か、もう一度考えてみろ!』


(私? 私は……そうだ。私は千花だ。人間だ。魔王なんかじゃない)


 盲目の中、千花は光を探す。

 頭の中で聞こえた声は、きっと目の前にあるはずだ。


(光はあっち。あっちに行きたい)

『イカセナイ』


 重い腕を伸ばし、光を掴もうとする千花の背後から、首を絞めてくる何かが現れる。

 冷たく皮膚を抉ってくるその手に千花は顔を顰めながらも抗おうとする。


『ワタシノカラダ、誰ニモワタサナイ』

(私は魔王になんかならない。私は人間なの)

『抗ウナ。小娘ノ分際デ!』


 首を絞める力が強まる。

 本気で何かは──レヴァイアは千花の魂を殺そうとしてくるようだ。


(皆の所に帰るの!)


 それでも千花は諦めない。

 諦めなくとも、救い出してくれたシモンが待っているから。


(お願いだから)

「離して!」


 千花の強い願いが通じたか、声が出せるようになった。

 その直後、引き止めていた手とは別に、背中を押してくる優しい力を感じた。


「?」

『一度ワタシニ負ケタ分際デ生意気ナ!』


 レヴァイアの怒号にも屈せず、千花を光へ導こうとする力は強まる。


──このままお行きなさい、巫女様。


 レヴァイアの声だが、その声は慈愛に満ちている。

 姿は見えないが、千花にはすぐに正体がわかった。


『死ネ、死ネ、シネ!! 死ニ損ナイガ!!』

──(わたくし)が救いきれなかった民を、ウォシュレイを……カイトを、どうかお救いください。


 レヴァイアの猛攻を堰き止めてくれる優しい魂。

 千花は歯を食いしばり光に手を伸ばすと、そのまま杖を出現させる。


(絶対救ってみせる。私は光の巫女の候補者なんだから。そして、あなたも絶対助け出してみせる)


 千花の背後で魂が食い荒らされるような悲痛な音がする。

 耳を塞ぎたいが、千花はぐっと堪えて叫ぶ。


(待っててください、メイデン女王様!)

「イミルエルド!!」


 千花は光に向かって強く浄化を放つ。

 応えるように光は更に威力を増し、闇を包む。

 悪魔の瘴気が弾け飛ぶ感覚と抵抗してくる圧力に屈しそうになるが、千花は意識を飛ばさないように杖を強く握りしめる。


「シモンさん! 助けて!」


 千花は叫ぶ。

 そして、力が限界に達した途端、誰かに手首を掴まれた。


「よく戻ってきたな。チカ」


 力が抜け、倒れそうになる千花を抱きとめるシモンは安堵の表情を浮かべていた。


「私、抜け出せました?」

「ああ、浄化使ったろ。少し休んどけ」


 そうは行かない。

 千花は瘴気から抜け出せたが、レヴァイアが消滅したわけではない。

 抱きかかえてくれているシモンから抜け出そうと辺りを見回す千花だが、違和感に気づく。


「心配はいらねえ。俺と人魚の王子で足止めはしておくさ」


 シモンは千花を地面に降ろす。

 千花の目には瘴気に襲われた半魚人が我を忘れて暴走している姿と、それに抗っている美しい人魚が映されていた。


永久の海檻(アクアリウム)


 カイトが唱えた魔法は素早く泳ぎ回っている半魚人を捕らえ、身動きを封じる。


「すげえよな、あの王子。流石はここまで軽傷でいられるくらいだ」


 そういうシモンも軽々と半魚人の攻撃を躱し、千花に当たらないように戦闘不能にしている。


「いいなチカ、お前は回復に徹してろ。あいつがいれば、俺は死なない。お前のために、絶対死なねえから」


 その言葉がどれだけ千花を支えているかは本人にしかわからないだろう。

 千花が言葉を失っている間にも、シモンは戦場へ出ていく。


(強くて頼もしくて、世界を救う力を持ってる。私はまだ弱いから、魔王を1人で倒すことはできない。でも……)


 もう自分を卑下する必要はない。

 助けを求めていいのだと千花は知った。

 自分は光の巫女ではない。人間なのだと知った。


(浄化して倒すことはできる。でも、レヴァイアはメイデン女王様にまとわりついてる。今浄化してしまったら、道連れになるのは女王様の方)


 犠牲を伴ってまでメイデンが生き残りたいと思うわけがないことはよくわかっている。

 だが千花は、できることならメイデンも救い出したい。


(浄化以外にできることはないの? 私、救いたいの。力がなくたって、できることはしたい。だから、巫女様)


 私に救いの力をください。


 無理矢理操られて苦しんでいる半魚人。

 殺したくないのに手を汚されているメイデン。

 全員を救うことはできないと知っているが、それでも手のひらに掴める命は救いたい。


(お願いします!)


 千花は祈るように両手を強く握って目を瞑る。


────


 海のくぐもった音に加えて、千花の脳内に何かが突き抜けた。


(その手が……私にできるかな。いや、違う)


 千花は動けるようになった体を杖で支えながら眼前を見据える。

 シモン達が防いでいるとは言え、レヴァイアの瘴気は再びメイデンの体を養分として繭を作ろうとしている。


(メイデン女王様を、これ以上苦しませない!)


 千花はぐっと杖に力を込めて地面を蹴りあげた。

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