これでおしまい
蔦のような植物に巻き取られた半魚人達は殺されるでも再生されるでもなく巻き付かれて身動きが取れなくなった。
「よいしょ!」
蔦が生える中心に千花は立ち、カイトの鰭に深く刺さっていた槍を一思いに抜いた。
カイトが直前まで少しずつ引っ張っていたおかげもあり千花の腕力でも抜くことができた。
「動けますか?」
血はそこまで出ていないが、槍が深く突き刺さった鰭がすぐ回復するとは思えなかった。
千花が心配する中、カイトは未だ信じ難い光景に目を見開いていた。
「なぜ生きている。魔王に乗り込んで、無傷でいるはずがない」
興人からも巫女はもういないと告げられていたカイトは救ってくれた千花に疑心を向ける。
「色々ありまして、こう見えて無傷ではなかったんですけど。でも復活したので私も戦います」
何があったか根掘り葉掘り聞き出したいが、今は悠長に話をしている場合ではない。
「上で人間が魔王と戦っていたはずだ。急がねば殺される」
鰭の中心を刺されたにせよ泳げないことはない。
初めて会った時のように千花が動けるというのなら、カイトは構わず蔦を抜けようとする。
「キイイイイ!!」
後に続く千花と共に防御を潜り、海中へ出た瞬間、耳を塞ぎたくなるような金切り声が頭を殴る。
「半魚人……じゃない?」
千花が耳を塞ぎながらカイトの隣まで来る。
2人の目の前にはこの世界で最も美しい姿──だったメイデンを乗っ取った魔王レヴァイアが髪を掻きむしっていた。
「このっ死に損ない共がっ! 私を散々コケにしやがって!」
千花はレヴァイアの豹変に驚きを隠せなかった。
千花の知っている魔王は、千花が太刀打ちできないくらい強い優雅な人魚だった。
(上半身に深い切り傷。興人が斬ったんだ)
千花でもレヴァイアの弱点はすぐにわかる。
美しさに固執する魔王が、あれだけ深く傷をつけられて黙っているわけがない。
「汚れた海に落とされて気でも狂ったか」
カイトも瞬時に理解したらしく、その場で海水を集め、槍の形にする。
「美醜に囚われて、自滅するがいい」
カイトは本気で実母を殺す気だ。
千花も戦闘に入り、杖を構える。
(興人達が戦ってくれたから、これでおしまい)
こちらが魔法陣を展開してもレヴァイアは防御1つ取らない。
千花はカイトの呪文と共に魔法を繰り出した。
「深海を貫く槍」
「メテオ!」
カイトの槍と千花の隕石は一直線にレヴァイアへ迫る。
2人とも息の根を止めるつもりで放つが、その攻撃が届くことはなかった。
「ギギャ!」
「ゴボッ!」
洗脳された半魚人が母を守るように身を呈して攻撃を受ける。
だがその動きは無理矢理引っ張りだされたようだ。
「人間1人殺せない役立たず共! せめて私を守りなさいな!」
レヴァイアは根に捕まっていた半魚人も斬り殺された半魚人も全て魔法で自分の前に引き寄せ、壁のようにくっつける。
半魚人からは苦しむような呻き声が四方から聞こえてくる。
「やめて!」
千花は異形の姿を目の当たりにして、堪らず叫ぶ。
元はトロイメアに住んでいた人間を肉塊にするには見ていられない。
「……にしろ」
カイトが槍を握る力を強め、声を震わせる。
「いい加減にしろ! これ以上、母を冒涜するな!」
カイトは怒鳴りながら巨大な渦で半魚人の肉壁を蹴散らしていく。
初めて聞いたカイトの怒声に千花は身を竦ませながらも、すぐにレヴァイアへ走っていく。
(渦で私の姿は見えてないはず。半魚人が再生する前にっ)
地面を蹴り、千花はレヴァイアの懐まで駆け抜ける。
自身も危険が伴うが、その前に戦闘不能にさせるつもりだ。
「草の根!」
突然千花が現れ反応できないでいたレヴァイアは簡単に頑丈な蔦に絡め取られる。
あれだけ苦戦した死闘が嘘のようだ。
「枝葉の刃!」
魔法杖の先端が剣のように茶色く尖る。
千花は寸分の躊躇いを抱くが、国民を護りたい闘志が勝ち、そのまま首目掛けて振り下ろす。
「たかが、巫女の真似事ごときに!」
だがレヴァイアも負けじと魔法陣で軌道をずらす。
首を狙った剣は、レヴァイアの頬を抉った。
「──っ!」
レヴァイアは声にならない悲鳴を零す。
その目は一瞬にして激しい憎悪と変わるが、耳の良いカイトにしかその悲鳴は気づけない。
「巫女!」
(これで最後だと思ったのに。でも、もう1回)
千花は再び剣を握りレヴァイアを見据える。
その直後、その殺意に息が止まる。
「ユルサナイ」
「逃げろ、巫女!」
レヴァイアの目は一切の生気も寄越さず、極限まで開かれた瞼に千花を映す。
カイトが行動を促すが、蛇に睨まれたように動けなくなる千花の前で蔦を破ったレヴァイアは青黒い靄で海を汚し、巻き込んでいく。
(防御を! 早く!)
「深海に引きずりこむ闇」
千花が身を守るよりも前にレヴァイアはその体を引き寄せ、深海の闇に彼女を堕とした。
来週月曜日の更新はお休みします。
すみません。