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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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あと少し、あと少し

 邦彦と分断され激流に襲われていた千花は運良く家の壁にぶつかり止まることができた。

 衝撃に軽く噎せるが、正気はある。


「私、どれだけ流されたんだろう」


 海の中で呼吸も行動もできることのありがたさを感じつつ、千花は周りに敵がいないか確認しながら目印がないか探す。

 流される前は状況を把握する余裕すらなかったため、どこにいたのか、どっちに流されたかもわからない。


(安城先生怒ってるかな。勝手にここまで来たから)


 邦彦を助けたことは後悔していない。

 自分でも命を救えることに自信を持てたくらいだ。


『あなたはもういりません』


 邦彦の冷たい声が頭に響く。

 優しく、孤独だった千花を導いてくれた邦彦の言葉を選ばない拒絶を思い出し、再び感情が込み上げてくる。


「あれ? あの看板見たことある」


 老朽化したレンガや建物に壊され原型を留めていないが、明らかに古い横長の看板は未だに残っている。

 それは、いつも訓練をしていたギルドだった。


「残ってたんだ」


 千花は無意識にギルドの中へ入る。

 酒臭さもいつもの喧騒もなく、木製のテーブルや椅子、ジョッキが浮いていた。


(皆、慌てて逃げたんだろうな。無事だといいけど)


 千花は賑やかだった過去のギルドを思い出し、寂しさと共にいつも集まっていたカウンター席へ近づいた。


(ここで依頼を見つけて、アイリーンさんに受付してもらって、それで)


 1つずつ絡まった糸を解くように戻ってきた記憶を整理していく。

 だがまだ何か忘れている気がする。


(後は、あっちに訓練場があって)


 墨丘高校の2倍はある訓練場。

 少し強い魔法を撃ったくらいでは傷つきもしない訓練場も今は沈没した世界だ。


(ここでいつも興人と訓練して……あれ?)


 千花が特訓できたのは機関だけではない。

 ギルド内でも沢山、ヘトヘトになるほど興人と戦ってきたはずだ。


(私、なんで魔法使えるようになったんだろう? 安城先生は使えないし、興人も教わる立場だった)


 思い出そうにも後一歩で鍵がかかる。

 だが千花は頭痛がしても思い出したい。

 それがわかれば、この靄は晴れるはずだ。


──お前に、期待してるから


(あと少し、あと少しで……)


 千花が記憶の糸口を手繰ろうと手を伸ばす。

 その手が忘れられた声を思い出そうとした寸前、後ろで破壊行動の衝撃が響いた。


「!?」


 千花が反射的に魔法杖を構えたと同時に、破壊されたギルドの穴からぬるりと大きく鰭を波立たせる半魚人が現れた。

 ウォシュレイでも見かけた、悪魔側の人魚だ。

 半魚人はすぐに千花を捉え、敵と見なす。


(戦わないと!)


 いくら動けるとは言え、あちらはこの海を住処としている。

 逃げられないとなれば選択肢は1つだけ。


泥の海(マッドシー)!」


 半魚人が襲いかかる前に先手を打つ。

 千花が発動した大量の泥は狙いを外すことなく半魚人の頭上に降りかかる。


「ギギッ」


 しかし泥が降りかかる直前で攻撃に気づいた半魚人は横に泳いで避ける。

 そのまま突進してくる姿に戦慄を覚えるが、千花は予想通りだと言い聞かせる。


泥団子(マッドダンプ)!」


 海の中では泥は霧散してしまう。

 だから敵には近づいてもらう必要があった。

 事実、一直線に飛びかかってきた半魚人は目の前で繰り出される泥団子を避けきれず顔に攻撃を受けた。


「ギギャ!」


 前が見えなくなった半魚人は泥を拭うように水かきのついた両手で顔を覆う。

 千花は一瞬迷った末、その場を離れることにした。


(あの泥は中々取れないし、逃げる時間はあるはず。無意味な殺しはしたくない)


 千花はあまり音を立てないように気をつけながら後ずさりしていく。

 杖は構えながら、攻撃の範囲内を越したことを確認し、千花は地を蹴ってギルドを出ようとした。


「アアアアア!!」


 そんな千花の背後で半魚人は超音波に近い叫び声を上げる。

 静かな海に轟く絶叫に千花は体を震わせる。


(ていうか、こんな大きな声出されたら)


 千花は嫌な予感を覚えて頭上を見上げ、すぐ後悔する。

 仲間に呼ばれた半魚人達が、ギルドに泳いできていた。


土壁(マッドウォール)!」


 瞬時に状況を理解した千花は自分の周りに防御壁を張る。

 半魚人の群れは千花の壁を壊そうと槍を持って攻撃してくる。


(反撃しないとっ)

泥団子(マッドダンプ)!」


 片手で防御を維持しながら複数相手に戦う余裕は千花にはほとんどない。

 初歩的な魔法を連続で撃ち、1体ずつ戦えなくする算段だ。


(封じても封じても、視界が開けない)


 殺される訳にはいかないと千花は躍起になりながら攻撃していく。

 1体潰している間に5体増える。

 このままでは先に千花の魔力が尽きる。


(こうなったら、一か八か吹き飛ばす)


 チャンスは一度きりだ。

 防御を緩めた瞬間に決めなければ全身を串刺しにされる。

 想像して背筋が凍るが、千花は気合を入れる。


(このまま防御してたって何も変わらない)


 千花は意を決して力を緩める。

 防御が弱まったことに気づいた半魚人は息を合わせたように一斉に千花に槍を向ける。


(今!)

舞い上がる葉(リーフサーブ)!」


 千花を囲むように緑の葉が出現する。

 間髪入れず、葉が踊るように海の中を突風が吹き荒れ、半魚人を巻き込んでいく。


(よ、良かった。上手くいった)


 訓練中にしか完成しなかった2属性の合わせ技が成功したことに安堵しつつ、半魚人が離れた隙に千花はギルドを出ようと走り抜ける。


「グッギャ……ギャア!」

「っ!?」


 千花が走ろうとした矢先、泥に目を奪われている半魚人が当てどもなく槍を振り回し始めた。

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