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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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悪魔の母なる海

 いくら海が広いとは言え、視界を覆うほどの半魚人がなぜ生成しているのか興人は防御を取りながらも疑問に思う。


(なんで、こんなに襲ってくる? 国を渡るのにここまでの数、泳いでこれないだろう)


 水嵩が増しているため半魚人は興人の元まで易々と跳ねてくる。

 刺しても斬っても出てくる半魚人の数に興人は戸惑うことしかできない。


「私を傷つけたこと、今だけは許してさしあげますわ! あなた方を虐殺できるのですもの!」


 レヴァイアは自分の傷を修復することなく、大量の血を海へ流していく。

 その異様な行動と半魚人の多さに興人は考えを巡らせる。


(魔王の血は眷属を作ることができる。海の中に半魚人になれる生物は……)

「人間の、死体?」


 逃げ遅れた人間も少なからずいる。

 その数は10か20か、いや、100は下らないだろう。

 既に息の根が止まっていても眷属にできるというのなら、レヴァイアの血が流れている今の海は、悪魔の苗床だ。


(カイト王子が!)


 飛び出てくる半魚人だけでも対処しきれず興人の体も傷が出来始めている。

 海で孤立しているカイトが強くとも、無傷では済まないだろう。


(レヴァイアは攻撃してももう発狂しない。むしろ眷属を増やしてこちらを追い詰められるから喜ぶだろう)


 魔王を倒す名目で今まで攻撃できていたが、一国の女王も殺すとなれば抵抗がある。

 興人の迷いもわかっているのかレヴァイアは余裕そうに鰭を動かす。


「お優しい人間の殿方。どうぞ心臓を刺してください。できるなら、ね?」


 何も攻撃してこないレヴァイアを睨むが、半魚人に捕らえられて何もできない歯がゆさだけが残る。


爆発(エクスプロ―ジョン)!」


 躊躇いは心の中で燻っているが、魔王に乗っ取られた者は殺さなければならない。

 いつも死と隣り合わせで戦ってきた。


(浄化できないなら、一生かけてレヴァイアを殺す)


 周りを囲む半魚人を炎の爆発で一掃し、興人は一気にレヴァイアと距離を詰める。


「騙されて、お馬鹿さん」


 だがレヴァイアは驚くことなく、興人に微笑みかける。


「っ!?」


 突然腹部に鋭い痛みを感じる。

 動けなくなり、ゆっくり目線だけ下に向けると、脇腹をレヴァイアの美しい手が貫いていた。


「げほっ」


 激痛と湧き上がっていた血で呼吸ができなくなる。

 レヴァイアが勢いよく手を引き抜くと、興人は抗いきれず膝から崩れ落ちる。


「頑張ったご褒美をあげましょう。さあ、お飲みなさい」


 レヴァイアは興人が裂いた傷から血をべっとりともう片方の手のひらに付け、彼の口へ持っていく。


「やめ……っ」


 必死に顔を背ける興人だが、後ろから半魚人に体を押さえつけられ、頭を固定される。


「いい子にしてたら、すぐに逝けますわ」


 血が1滴滴り落ちそうになる。

 興人は抵抗する術も見つからずに気が遠くなる。


(ごめん、田上)


 また千花が苦しむことになる未来を想像し、興人は諦めたように目を閉じる。

 血が1滴、レヴァイアの手から離れた。

 興人の口へ真っ逆さまに落ちる、その直前。


吹き荒れろ(ブラスト)


 興人を中心に暴風が発動される。

 竜巻のように全てを巻き込むその風はレヴァイアも半魚人も吹き飛ばし、黒い海へ突き飛ばす。


「?」


 意識が朦朧とする中、屋根を滑り落ちそうになる興人を誰かが支える。


「俺達の可愛い弟子を醜い半魚人にはさせられねえよな?」


 その声は聞き覚えがある。

 興人は驚愕に目を見開かせ、重い頭を持ち上げる。

 久々に聞くその声と暗い紫の髪に瞳を持つその男は、ずっと目覚めを待ち望んでいた者。


「シモン、さん」






 興人同様、カイトも半魚人の群れに囲まれていた。

 血を媒介に人間の死体を操っていることもすぐ理解し、カイトは奥歯を強く噛みしめる。


「母を、どれだけ侮辱すれば気が済む」


 槍が左へ右へ飛んでくる。

 避けた先から半魚人が特攻してくるため魔法で応戦しなければならない。


「アクアリング」


 カイトの体を囲むように1つ輪が出来る。

 その輪は外側に広がり、襲いかかってくる半魚人の胴体を切断する。


(あの人間なら魔王を斬り殺せる。ためらいがあるならそんなもの捨てろ。母は、無駄に生き延ばされるくらいなら殺される方を願う)


 地上へ跳ぶならこの群れを根絶やしにしなければ、地の果てまで追いかけてくる。

 ここでカイトが足止めしておくしかない。


「……?」


 攻撃しながら逃げるカイトは違和感に気づく。

 死んだら落ちるはずの半魚人の死体がどこにも見当たらない。


「ギャア!」


 疑問を抱きながら後ろから襲ってくる半魚人の首を1体切り落とす。

 だが、息の根が止まったはずの半魚人の首は落とされる寸前、他の半魚人にくっつけられた。


「は?」


 一瞬何が起きたのか理解ができなかった。

 よく見れば、興人が斬ったのだろう半魚人が落ちてきてもすぐに再生している。


(なぜ蘇生されている。魔王の魔力がなければ不可能な、はず……)

「血が流れた海が魔力になっているのか」


 今カイトが泳いでいるこの海は、魔王の眷属にとっては母胎だ。

 海を干上がらせない限り、半魚人が絶えることはない。


(早く、魔王を殺さねば!)


 殺しても死なない──不老不死の半魚人を相手にしていたら体力が尽きるまで食い尽くされる。

 血を流すレヴァイアの息の根を止める他方法がない。


(急げ、魔王はあっちか)


 カイトは回転するように敵を潜り抜け、水面へ全速力で泳いでいく。

 水面が見え、力を込めて跳ぼうと魔法陣を展開する。

 しかしその直前で下から強く引っ張られる。


「っ!?」


 衝撃にカイトが舌を向くと、半魚人が鰭を両手で握りしめていた。

 防御が遅れたカイトは鰭をそのまま振り下ろされた地面に叩きつけられる。


「ぐっ」


 背中を強く打ったカイトは短く呻き、体勢を立て直そうと体を捻って泳ぐ。

 それを阻止するように半魚人が槍で鰭を刺し貫く。


(このままだと動けない)


 半魚人を魔法で押し返し、槍を抜こうとカイトは柄に手を伸ばす。

 その隙にも半魚人は大量にこちらへ向かい飛びかかってくる。


(早く、早く!)


 深く突き刺さったようですぐに引き抜けない。

 槍が刺さった状態のカイトを半魚人はすぐに円で囲み、狙いを定める。


(こんな所で死ぬなどできるか)

「ハイドロウォール!」


 動けない中カイトは周りの水流を操り壁の形に変える。

 槍は貫通できず、刺しては退却を繰り返す。


(抜けろ、抜けろ)

「早く、魔王の所へ!」


 片手で壁を維持し、もう片方で再度槍を抜こうと力を加える。

 痛みがないわけではなく、むしろ刃先が食い込んで魔法に集中できない。


「グググギャア!!」


 カイトの集中が切れたことに気づいたか、半魚人の1体が槍で全力を持って壁を破壊しにかかる。

 その威力に粗が生じていた壁は簡単に崩れた。

 その隙に他の半魚人が襲いかかる。


(結界が間に合わないっ)


 吹き飛ばそうにも数が多すぎる。

 防御の陣も張れず、槍が目前まで落ちてくる。


「──草の根(グラスルーツ)!」


 カイトが急所を避けるように上半身を腕で覆い目を瞑った瞬間、少女の強い呪文が耳に響いた。

 呪文はカイトを囲むように地面から生える無数の蔦に変わり、半魚人を弾き飛ばしていく。


「大丈夫ですか、えっと、カイト王子!」


 蔦の間を縫ってカイトの元に降り立った少女は一度だけ見覚えがあった。

 黒髪に動きやすいジャージを羽織ったカイトと同じ年程の少女。

 ずっと追い求めていた者。


「光の巫女……チカ」


 目の前には、魔法杖を握った千花が立っていた。

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