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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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私の知っていること

 食べることが大好きな千花は度々その量に驚かれることが多いが、灯子にだけは言われたくないと今日初めて思った。


「イチゴ、チョコ、しょっぱいのも捨てがたいわね。全部食べちゃいましょ」

「さっき同じの食べたじゃん……」


 元はと言えば千花の大食いは灯子から受け継いだようなものだ。

 拾われ子の千花に遺伝は関係ないが、異次元にでも繋がっているような灯子の食欲に逆に引く。


「お金の心配はしなくていいからね千花」

「そこじゃないよ」


 予定通り浅草を堪能した灯子はその足で渋谷へ行き、十分満喫すると今度は原宿へ来てまた食べ歩きを楽しんでいた。


(こんな暑い中よく食欲落ちないなあ)


 長野にいた時は制限していたのだと思うと本当に観光だけしに来たのではないかと千花も思い始める。

 甘い物は食べ飽きたと千花がわざと断ると別の食べ物を差し出してくるからなお断りにくい。


「せめて木陰で休もうよ。ほら、近くに大きな公園あるし」


 千花はスマホで地図を出し、灯子を制御しようとする。

 灯子もちょうど休憩しようと思っていたらしく、すんなり受け入れてくれた。


「やっぱり木が多いと涼しく感じるわね」


 2人がけのペンチが空いていたため腰かけながら灯子は体を伸ばす。

 蒸し暑さは変わらないが、確かに自然があるといくらか日差しが穏やかになる。


「今は、14時ね。中々ペース良く観光できてるじゃない」

「そんないっぺんに遊ばなくたって東京に来る時間はたくさんあるでしょ」


 せっかちな灯子に呆れるように千花は溜息をつきながら言う。

 そんな千花を一瞥し、灯子は重々しく口を開く。


「ねえ千花」

「なあに?」

「いつからの記憶がなくなったの?」


 その一言で千花は凍りついた。

 いつ事情を打ち明けようか迷って、観光の楽しさにいつの間にか忘れていた。


「……1年と、少しくらい。最後に覚えてる記憶が、中3の4月だから」

「じゃあ異世界のことは何も覚えてないのね」

「お母さんはどこまで知ってるの?」


 灯子が状況をすぐ把握して話を進めてくれる姿に千花は驚きを隠せない。

 いくら何でも少しは狼狽えるだろう。


「詳しいことは何も聞いてないわ。ただそうね、あなたは異世界の救世主になると言ってたわ。悪魔から世界を取り戻せる力を持ってるって」

「あく、ま」


──あなたが我々の救世主だからです。


 頭の中に邦彦の声が響く。

 聞いたこともない言葉に、千花は頭痛と目眩を覚える。


「今の千花は覚えてないだろうけど、一月後の修学旅行でその悪魔と戦ったのよ。そこで確実に力があることに気づいたあなたは、葛藤してたけど世界を救うことに決めたのね……千花?」


 持ちうる知識を使って説明する灯子だが、ふと娘が顔色を悪くしていることに気づく。


「ごめん、ちょっと気分悪くて」

「暑い中連れ回したからやられたかしら。ちょっと暑苦しいけど、おいで」


 千花が体をフラフラさせていると、灯子は自分の体へ引き寄せて固定する。

 頭を預けられる場所が見つかり、少し楽になる。


「お母さん、続きは?」

「今のあなたに説明するのは酷でしょ。時間はたくさんあるんだから、今はゆっくり休みなさい」


 過去を聞き出そうとした千花だが、灯子ははっきり断る。

 夏の日差しとは違うその温かさにしばらく千花は目を閉じた。






 水かさが増してきているトロイメアを下に、興人は焦りを顔に浮かべていた。


(黒い海の中に人魚が蠢いている。それはわかるが、海に入ることはできないな)


 今興人が立っている建物もそこまで高くはない。

 水が迫ってきている様子に興人は危惧し、別の建物へ移る。

 通信は途中で切れてしまったが、邦彦は理解しているだろう。


(こうなるなら俺も人魚化の薬をもらっておけば良かった。影が見えるだけで攻撃の焦点が合わない)


 海の中でも息ができる薬をライラックが作っていることは知っていた。

 だが怒られるのが怖くて自分も欲しいとは言えなかったのだ。


(先生はきっとこの海の中で戦っているだろう。俺ができることは避難が遅れてる人の救助くらいか)


 興人は家から家へ飛び越えながら見回りをしていく。

 敵に遭うことはないが、すぐに1人の少女に遭遇することになった。

 所々穴が空いている白いワンピースのみ着用している金髪の少女は屋根に座りながら真下の光景を眺めている。


「大丈夫か。避難できないなら連れていく」


 少女が途方に暮れていると思った興人はすぐに近づき声をかける。

 少女は側に興人が来たことに気づかなかったようで、声をかけられたことに驚いていた。


「あら、すみません。熱中していて気づいておりませんでしたわ」


 その少女はこの状況にパニックになることもなく穏やかに興人に返答する。

 この状況に似合わないその雰囲気に戸惑う興人だが、その手に握られている氷の球体を見逃さなかった。


「それはなんだ」


 興人は見間違いだろうと一縷の望みをかけながらも少女に問う。

 そんな興人とは裏腹に少女は宝物を見せる氷の球体を持ち上げる。


「リースでもっとも美しいと言われている人魚の王子ですわ。綺麗でしょう?」


 やはり錯覚ではなかったと理解すると共に、興人は無邪気な少女の笑顔に背筋が凍る。


「なんで閉じ込めてるんだ。早くウォシュレイに返してやれ」

「いえいえ返すわけにはいきません。カイト王子は魔王になったお母様を取り戻すために来たのですから」

「じゃあ早く出して……」

「でも出しません。絶望した姿を見たいので」


 少女の言葉の意味が全く理解できない興人は球体の中を見る。

 声は聞こえないが、王子だというカイトは氷を叩きながら何かを訴えている。


「あなた、見たところ、取り残された方々を救おうとしているのでしょう。私のことはお構いなく他の方の救助へ向かってくださいな」


 親切心で言ってくれているのだろうが、この時点で興人は自覚する。

 目の前にいるこの少女は、敵だ。

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