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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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東京観光

 都会の夏は灼熱だと長野にいた時は噂されていたが、本当に上から押さえつけられているように猛暑が続いていた。

 日陰でさえ汗が噴き出るその暑さによく耐えられるものだと通行人を眺めながら千花はうんざりする。


(灯子さん、まだかな)


 冷房の効いている室内に入っていようかとも思ったが、そうするとあまりの寒さに汗が冷え、風邪をひきそうになる。

 どちらがマシかと問い、千花は駅構内の比較的涼しい日陰を選んでいた。


(迷ってないといいけど。灯子さんに限ってそんなことないか)


 千花はスマホを眺め、灯子が新幹線を降りた時刻を再度確認する。

 そろそろ着いてもおかしくない頃だが、姿が見えない。


(もう少しわかりやすい所に立ってようかな)


 全く土地勘のない千花はどこにいれば見つけやすいかもわかっていない。

 せめて有名な店の看板を見つけて、と歩き出そうとする千花だが、その前に女性の声が聞こえた。


「千花! お待たせ」


 50代とは思えない軽快な動きで灯子が走ってきていた。

 今の千花の記憶では1週間ぶりだが、灯子からすれば約半年は会っていないのだろう。

 久々に会う娘に嬉しそうにしている。


「ほんっとに暑いわね東京。早く涼しい所入りましょ」


 服の胸元をパタパタ動かし空気を入れながら灯子もまた暑さを煩わしく思っていた。

 変わらないその態度に束の間安堵する千花だが、昨夜のことを思い出して気まずさも出てくる。


「あの灯子さん、昨日のことなんだけど」

「日帰りだから忙しいわよ。まずは浅草寺でしょ。その後食べ歩きするからね。行きは目移りしてもどっか行かないように。後ね、原宿と渋谷にも行ってみたいわ」


 そんなに1日で行けるか、と思う千花だが、その前に話しておきたいことは山ほどある。


「灯子さん、話が……」

「あとあと! 楽しいことはすぐ尽きるわよ! それと、ちゃんと『お母さん』って呼びなさいな。前までは呼んでいたんだから。さ、行きましょ千花」


 千花の悩みも迷いも払拭するように灯子は娘の手を引いてまた駅へ入る。

 千花は急く気持ちも残しながら、今の灯子には真剣に話をするなど無理だと諦めることにした。





「見て千花! 真っ赤な提灯、写真撮りましょ」


「流石の人混みね。あ、あれ人形焼きでしょ。甘い物大好きな恭さんに買って行きましょうよ」


「ちょ、お賽銭箱まで行けないんだけど。頭に小銭ぶつかっても恨まないでね」

「お、お母さん、私はぐれるよ……」


 いつも通りと言えばそうだが、すし詰め状態になっている浅草の通りを難なく進んでいく灯子に千花は後を追うだけで必死だ。

 無論食べ物になど目が行かない。


「千花もお参りしときなさい」


 灯子に促され、千花は観光客の頭上に落ちないように気をつけながら賽銭を投げる。

 2回手を打って目を閉じるが、心の中は雑念だらけだ。


(お願いすること、特にないかも。あ、記憶は戻ってきてほしい)


 邦彦は思い出さなくていいと言っていたが、勉強に関しては戻ってこないとかなり困る。

 1年間分の学力が抜けているのは相当痛手だ。


「千花。ちーか、祈りすぎよ」


 念ばかりを迷っている千花の背中を叩き、灯子は出るよう促す。

 後ろには更に人がいた。


「ねえねえ、屋台もあるみたいよ。あっちでご飯食べましょうよ」


 灯子に手を引かれて千花は人に軽くぶつかりながらもついていく。


「何食べる? 焼きそばと、チョコバナナと、あとは」

「お母さん、そんなに食べられないから」


 千花は遠慮気味に灯子を戻そうとする。

 そんな娘の反応に灯子は少しの間表情を無くす。


「お腹空いてないの? あなた、暴食の化身みたいに食べるじゃない」

「いやそんな言い方しなくても……」


 灯子の付けた若干酷い二つ名に言い返そうとする千花だが、急に何かを思い出したようにその場で固まる。


「暴、食」


 なんてことはないただの言葉なはずなのに、背筋が凍るような寒気に襲われる。


──守られてばかりのお姫様


 頭が殴られたように痛くなる。

 その場に蹲りたくなる気分になるが、その前に灯子が下から覗き込んできた。


「千花、大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫」


 灯子の心配する声で我に返った千花は作り笑いを浮かべて答える。


「そう? じゃあ行きましょうか。無理に歩いちゃ気分が悪くなるからね」

「うん、本当に大丈夫だよ」


 その後灯子が好きなだけ買ってきた食べ物を千花も何とか口に入れた。

 そこまで食欲はなかったが、心配する方が辛かったから。


(大丈夫、ただ疲れてるだけだもの。ただ幻覚を見ただけだから)


 千花は味のしない食事を喉に押し込めながら無理に笑う。

 そう、全て幻なのだ。

 獰猛なライオンに食される人間など、ただの、幻。

 そう思いたかった千花はただただ笑った。






 マーサはモニターに映るトロイメアの惨状を目にし、顔をしかめる。

 とっくに捨てた故郷だが、悪魔に利用されては良い気分にもならない。


「これでまだうちの長は巫女任せだって言うのかい。悪魔と変わらないね」


 マーサは吐き捨てるように呟き、椅子から立ち上がって外へ出る。

 千花が来てから賑やかだった機関内は、嘘のように静かだ。


「記憶は戻らず、魔法も使えず、この有様。一体あの子は何を護るために来たんだろうね」


 マーサが向かった先は集中治療室。

 シモンが眠っている所だ。


「さて、包帯を変えるよ。傷は落ち着いてきたが、体内の傷まではわからない。あんたが起きても、巫女がいなきゃこのままだね」


 マーサはシモンの包帯をゆっくり外し、新しい物に変えようと棚を探る。

 備品も補充しなければと中を確認しながらぼやいていたその時、微かな音が響いた。


「……カ」


 聞き間違いかとも思うくらい羽虫のような小さい音。

 それでもマーサはすぐに振り向き、目を見開いて固まる。

 期待を込めてゆっくり近づくと、それは確信した。


「チ、カ」


 マーサの真下で眠るシモンの口がゆっくり動く。

 何かに手を伸ばそうとするため力尽きる前にマーサがその手を取ると、ゆっくりと紫色の双眸が開いた。

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