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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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水没した人間の国

 城からは国の全体像が見える。

 ガラス張りの窓の外は、いつもの賑やかな景観から一変、濁った黒い波に押し潰されていた。


(暮らしていた人間は? 魔導士はどこにいる。ここまで波が押し寄せてきているのに対処していないわけがない)


 邦彦は街に出る扉へと走る。

 重厚な扉に差しかかり、開ける直前に声が轟いた。


「城門は突破されるな! 何としてもこれ以上の被害は食い止めよ!」


 外からシルヴィーの命令が耳に響く。

 邦彦が急いで扉を開け、シルヴィーの姿を視認する。


「逃げてきた国民は転移魔法で城の内部へ。動ける者は前線へ協力を仰げ」

「女王陛下!」


 喧騒と悲鳴に塗れる城下の中でも聞こえるように邦彦はシルヴィーの名を叫ぶ。

 杖を片手に自ら防御に出向いていたシルヴィーは横目で邦彦を確認しながら余裕なく話し始める。


「陣は破られた。最悪の事態だ」

「悪魔の軍勢がそこまで優勢だと?」

「魔王自ら来訪してくださるとは誰も予想してなかったな」


 皮肉たっぷりに自嘲するシルヴィーに邦彦も絶句する。

 ウェンザーズでもバスラでも、魔王は籠城して待つものだと思い込みが植えつけられていた。

 まさか好戦的な魔王もいたとは。


「今言った通りだ。負傷している国民は近くの他国へと送っている。今はとにかくここで防御をする以外打つ手はない」

「防御と言っても……」


 一体いつまで、とは口が裂けても言えなかった。

 答えを聞けば絶望するだけと見えていたから。


「女王陛下、私も前線に向かいます。つきましては、魔法で屋根まで飛ばしていただけないでしょうか」

「魔法の使えぬお前が何を言う……いや、せめて機関に伝達はしてもらわねば。いいか、津波に巻き込まれることだけはないように」

「承知の上です」


 地面は既に水没して、家屋も2階までは全て海だ。

 だが高い建物であればまだ足はつく。

 シルヴィーの援護もあり、邦彦は早々に街の上部へ着いた。


(さて、空中に敵はいないか)


 建物を移っても目に入るのは全てを飲み込む無慈悲な黒い海だけだ。

 敵は皆、この中にいるのだろう。

 敵はわからないが、ここで立ち止まっていても仕方ない。


(通信を寄越したということは、日向君もどこかで戦っているでしょう。となれば、やることは1つ)


 邦彦はその場にジャケットを脱ぎ捨てると、左手に短剣、右手に小さなケースを握りしめた。


(長期戦は勘弁願いますよ)


 ケースに入っていたのはライラックからもらった人魚化の薬。

 予備を保管しておいて良かったと思いながら邦彦は1粒口に含み、すぐに海の中へ入る。


(視界は悪いが身動きが取れない程ではないな。魔王はどこへ)


 邦彦の目的は魔王の居所を掴んで報告することだ。

 海の流れを感じ取りながら進もうとした邦彦の前に、突然渦潮が迫ってきた。


「ニンゲンンンン!!」


 下半身が魚の形をした大きな半魚人が渦潮の中から襲いかかってくる。

 だが邦彦は気圧されることもなく簡単に攻撃を避けると、手にしていた短剣で半魚人の額中心を貫いた。

 悪魔の証である額の赤い石を壊され、半魚人はその場で息絶えた。


(話せる知性はあるのか。捕らえて魔王の居場所を探る。いや、問い詰めている間に取り囲まれて終わりだろう)


 考えている間にも3体ほど連続で襲ってきた。

 視界が不自由な中で隙を作るのは困難だろう。


(自力で魔王を見つけるしかないか。もしくは、隠れ家まで行って機関に報告を)


 邦彦は周囲の様子から隠れ家の位置を把握する。

 動く視界の中、頼りなく動いている足を見つけた。


「た、たすけて」


 まだ生き残っている民が破片を礎に何とか息をしていた。

 邦彦は逡巡し、そちらへ泳いでいく。


「あなた、体力はありますね。薬を1つ飲んで城まで走りなさい」


 既に疲れ切っているその青年に薬を飲ませ、邦彦は海の中を走らせる。

 送り届けるまでの親切心は持ち合わせていない。


(見殺しにしても構わないが、悪魔と同じと思われては困る)


 誰に対して困るのかは定かではないが、今は気にしている場合ではない。


「少し無駄な時間を過ごしている間にもう囲まれているのか。悪魔側も、今回ばかりは本気ということで」


 邦彦は海面に出していた顔を再度沈め、前を見据える。

 そこには槍を構えた同じ顔の半魚人が群れを成して邦彦を狙っていた。


「殺されるわけにはいかないんです。彼女との約束を守るため。巫女をこの世に呼び戻すために」


 邦彦は短剣片手に襲いかかる群れに対峙していった。






 邦彦が戦いに身を投じているのと同じ頃、ユキも同じくまだかろうじて地表に出ている建物に腰かけていた。


「大洪水ですわね。たった数日でトロイメア(ここ)まで着くとは、自然って怖いです」


 ユキの手元には氷で出来た球体、その中にはトロイメアの異様な光景に絶句するカイトが入っていた。


「同じ人魚としてどう思います?」


 ユキはこの状況に一切狼狽えず、むしろ呑気にカイトに話しかけている。


「無駄話などせず、早く出せ。魔王を止めなければ死人が出る」

「ここまで来たら100人や200人とっくに流されてますわよ」

「これ以上の被害を防げと言っているんだ!」


 カイトの必死の説得にも怯まず、ユキは愉しそうに様子を見ている。


「おい、トロイメアに着いたら出すという約束……」

「リースの方々は皆、表情豊かですわよね。(わたくし)の故郷はね、なぁんにもない氷と雪に囲まれた国ですのよ」


 急に何を話し出すのか、カイトが嫌な予感を覚えながらユキを見上げる。

 その顔は酷く、狂気に満ちた愉悦を称えていた。


「一緒に見ましょうカイト王子。幸せだった人間達が恐怖に駆られる姿を。そしてどうか見せてくださいな。あなたの、絶望した顔を」


 カイトの耳に響いたのは、この混沌としたトロイメアを嘲笑う魔女の声だった。

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