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光の巫女  作者: 雪桃
第7章 ウォシュレイ
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予定空けておいてね

 とっくにわかっていた。

 でも泣きじゃくったって困らせるだけ。心配させるだけで何も進展しないなら笑ってごまかした方が楽だった。

 それがまやかしだとわかっていながら。


「私、いっぱい頑張ったのに。知らない人とも仲良くして、知らない所でも頑張って慣れて。なのに酷いじゃん、魔法が使えないから追い出すなんて。頑張って頑張って頑張って! 誰も応えてくれないじゃんか!!」


 布団に顔を押しつけながら千花は怒りと悔しさで叫ぶ。

 鼻が詰まって話しづらく、自分の思いを伝えられないことがよりもどかしい。


「記憶を失くしたのだって、()のせいじゃないもの! 記憶のあった()が勝手にやったことじゃない! 私のこと、ちゃんと見てよ!!」


 握りしめた拳が白くなって痛い。

 叫んで息切れを起こす千花の嗚咽だけが暗い部屋に響く中、スマホはまだ通話が繋がっていた。


『……千花、明日予定ある?』

「ない、けど」


 灯子にとっては何を言われているか1ミリも理解できないだろう。

 鬱憤を晴らした千花は申し訳なさと恥ずかしさで小さく答える。


『じゃあ明日、11時頃に駅で待ち合わせしましょう』

「うん……うん?」


 すぐに返事をする千花だが、言葉の意味を理解していなかった。


『どこ行こうかなぁ。東京って楽しい所いっぱいあるんでしょ。あ、食べ歩きもいいわね』

「ち、ちょっと待って。灯子さん何言ってるの?」

『だって千花帰ってくるんでしょ。ならその前に観光しとかないと。あ、お盆で混む前に浅草も行かなきゃね。明日1日予定空けておいてね、千花』


 言うや否や、千花が断る間もなく電話は切れる。

 言いたいことだけ言ってこちらの返事を聞かないことは灯子の悪い癖だと知っているが、それでも千花は反応ができなかった。


「明日、来るの?」


 先程まで燻っていた黒い感情は全て消え去り、千花は呆然と呟いた。






「というわけで、1時間後母が来ます」


 次の日、千花は応接室で気まずそうに邦彦に報告をした。

 昨夜は結局電話の後いつの間にか寝落ちしており、邦彦に報告ができなかったのだ。


「あの、帰る前に一緒に観光しようと」

「それは構いませんが、よく昨夜の電話で今日来れましたね」

「灯子さん、やるって決めたら行動力が凄いんです」


 荷造りなど含めて実家に帰るのはまだ先のことらしい。

 そのため邦彦も了承してくれたが、思わぬ人物の登場に些か驚いているようだった。


「それで、今日1日自由に動いていいいですか?」

「監視なしでということですよね。ええ、地球で敵に遭遇することも少ないでしょうし、親子水入らずで遊んできてください」

「ありがとうございます。では行ってきます」


 待ち合わせ場所までは少し時間がかかる。

 千花は準備しておいた荷物を手に、寮を出ていった。

 現代っ子の千花なら、案内せずともスマホを使って目的地まで行けるだろう。

 邦彦は見送りつつも、姿が見えなくなると顔を曇らせた。


(目が腫れていたな。負担をかけすぎていた自覚はあるが、恐らく親からすれば電話だけでも気づいたのだろう)


 苦しめたくなくて考えた結果が、結局千花を締め付けていることに繋がっている。

 今は千花の自由を確保して、心の安寧に繋げていきたい。


(どうせリースにはもう来ないんだ。好きにさせてあげよう)


 となると、邦彦が今日やるべき仕事は千花の帰るまでの手配──灯子が滞在するのならそちらに任せても構わないか。

 新たな光の巫女候補者も探さねばならない。

 ユキはいるが彼女はローランド側の人間だ。

 邦彦の思惑通りに進めるにはこちらにも味方がいる。


(今まで通り地球から引っ張り出そう。リースの人間は皆光の巫女の偉大さを知っている。断られることは目に見えているのだから何もわからない娘を連れていかなければならない)


 千花を連れてきた理由は異世界のことなど何も知らず、死んでも構わないような生き方をしていたからだ。

 後者に関しては後に偏見であったことが判明したが、数少ない人材を見つけられるのはいつになるか。


(早く連れてこないと。世界が全て救われる前に。光の巫女がユキになる前に)


 邦彦は椅子に座りながら拳を強く握りしめる。

 千花がいなくなってから数分が経ち、そろそろ仕事に移っても差し支えないと邦彦が立ち上がると、通話用の水晶玉が光る。


(……誰も来ないでしょうね)


 水晶玉から人が出れば騒ぎになる。

 邦彦は辺りを警戒しながら通話に出る。

 差出人は興人だった。


「今は地球にいます。静かに、手短くお願いします」


 興人が水晶玉を使う時は何かしら解決できない問題があるからだ。

 先手を打った邦彦の忠告を聞くように声を出そうとした水晶玉の中の興人は一度止まってから再度口を開いた。


『トロイメアが侵略されています。援護が間に合っていません』


 更に続けようとした興人だが、通信が無理矢理遮断されたのか水晶玉からは反応がなくなった。

 だが邦彦にはその一文だけで事態が予測できた。


(とうとう来たか)


 千花が単独でウォシュレイに乗り込み、敗北した瞬間から魔王が報復に来ることは予想通りだ。

 だがそれを止められるはずのユキですら手に負えなかったということか。


(ここで考えを巡らせても何も解決しないか)


 邦彦は泉へ向かい、懐に隠していた短剣を構える。

 王宮も悪魔に乗っ取られていてもおかしくない。

 邦彦は臨戦態勢に入りながら泉に入り、宮殿へ足を踏み込む。


(移動の間は被害を受けていないか)


 もしここまで侵略されていれば地球との行き来すらできなくなる。

 邦彦は扉を開け、辺りを見回す。


(静かだな。騎士がいない?)


 いつも忙しなく仕事をしているメイドや騎士がいなくなっている。

 城を崩されれば終わりだというのになぜ守らないのかと邦彦が訝しみながら街を見下ろす。

 そして、その惨状を目の当たりにした。


「これは、思った以上だな」


 防御の陣は崩され、トロイメアは水没していた。

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